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39 約束 [命の樹]

39 約束
「サチエちゃんはね、私にこう言ったんだ。・・嫌いなんじゃない、お母さんがまた怖い目にあうってね。わかるかい?あの子はあんたの事を心底心配しているんだ。」
「怖い目にあうって・・まさか?」
「そうだよ。あの事件の事があの子の心の中に深い傷を作ってるんだろう。恐ろしい光景を見ているんだ、自分じゃ気づかないくらいに、大きな棘が刺さったまんまなんじゃないかな。」
「そんな・・。」
「それだけじゃない。あんたは、暴力を受けるたびに、サチエに言ったそうじゃないか。お父さんが暴力を振るうのはお父さんのせいじゃないって、本当は優しい人なんだって。」
「そんな時もあったかも・・。」
「それが傷を深くしたんだ。・・優しくみえる人だって、いつ、あの男のように暴力を振るうようになるか判らない。あんたが、金原さんの事を優しい人だとか決して暴力は振るわないとか・・そんなふうに言えば言うほど、また、お母さんは怖い目にあうんだと思い込む。たぶん、今日、あんたが金原さんと子どもたちを遭わせた時もそう言ったんじゃないかい?」
育子はその時の様子を思い出して、深くうな垂れた。
「あの子には、あんたが男の人と一緒に居るだけで恐怖心が湧いて来るんだ。優しい人だからって言葉に一層恐怖が高まったんだろ。」
与志は天井を見上げながら、吐き出すように言った。
「じゃあ・・サチエの傷が癒えるまでは・・。」
「ああ・・。・・金原さんは、あの事件の事は知ってるのかい?」
与志が金原に尋ねた。
「ええ、郁子さんから、前のご主人の事は聞きました。刺されて瀕死の重傷だった事も・・。そのためにも、郁子さんも子どもたちにも幸せになってもらいたい。自分に出来る事があるならと・・。しかし、私が居る事でサチエちゃんが傷ついているなんて考えもしなかった。・・」
「そりゃ、無理もないだろう。人の心の中なんて、そうそう判るもんじゃない。きっと、本人も気づいていないだろう。」
じっと三人の話を聞いていた加奈が言った。
「与志さん・・どうしたらいいんでしょう?このまま、サチエちゃんは心の傷を抱えたまま大人になるしかないの?それじゃあ、あんまりよ。何とか、できないかしら。」
与志さんは、加奈と哲夫の顔を見た。
「あの子は、どうしてここに来たんだろうね?」
「ここしか行く当てがなかったって事じゃないんですか?ここにしばらく居ましたから。」
哲夫が答えた。
「・・そうか・・そうだね・・ここに来たんだ。・・なあ、てっちゃん、子どもたちをすぐに呼んで来ておくれ。」
与志に言われて、哲夫は2階へ上がっていった。サチエとユキエは、哲夫に連れられてゆっくりと顔を見せた。
「サチエちゃん、ユキエちゃん、ここにお座り。」
与志さんが手招きをして、二人を横に座らせた。
サチエは、育子の顔も、金原の顔も見ようとはせず、じっと俯いたままだった。ユキエはきょとんとした表情をしている。
「さあて・・サチエちゃん。今まで、じっくり話をしてたんだがね・・・ばあちゃん、すっかり困っちゃったよ。」
サチエが与志の顔を見た。
「ばあちゃんは、悪い奴かどうかすぐに判る。じっくり、この人を見たんだが、どうにも悪いところが見つからないんだ。見つかったらとっちめてやって、お母さんに近づくなって言ってやろうと思ってたんだが・・どうにも、見つからないんだよ。」
与志の言葉にサチエが困惑した表情を浮かべている。
「悪いところが見つからなかったのは、今まで二人だけだったんだよ。一人は死んだじいちゃん、そしてもう一人は、てっちゃんだったんだが・・この人も見つからないんだ。」
「てっちゃんと同じってこと?」
「ああ、そうさ。この人はてっちゃんと一緒さ。でもね、判らない事もある。もしかしたら、ばあちゃんの目が曇ってるかもしれない。だからね、ばあちゃんはサチエちゃんと約束をしようと思うんだ。」
「約束?」
「ああ、約束。・・これから、もし、この人がちょっとでもお母さんやサチエちゃんたちに悪い事をしたら、すぐにばあちゃんに知らせて欲しいんだ。そしたらすぐにばあちゃんが助けに行く。見抜けなかったばあちゃんの責任だ。絶対、あんたたちを守ってあげる。そう約束したいんだ。」
それを聞いて、哲夫も言った。
「サチエちゃん、てっちゃんも約束する。いつでもここへ来ればいい。きっと守ってあげるよ。」
加奈も言った。
「わたしも守ってあげるからね。」
「さあ、どうかな?約束してくれるかな?」
サチエは少し戸惑っているようだが、こくりと頷いた。
「良い子だ。じゃあ、もう一つ約束しよう。この人はね、お母さんもサチエちゃんもユキエちゃんもみんなを大事にしたい、幸せにしたいって言ってくれてるんだ。だからね、サチエちゃんもこの人をちゃんと見てあげて欲しいんだ。この人は、あんたたちのお父さんになって幸せになりたいって心の中から願ってるんだ。それを信じてあげて欲しいんだ。できるかな?」
サチエは、少し不安な表情を浮かべて、厨房に居る哲夫の方を見た。哲夫は微笑んで頷いた。
「・・約束・・だよね・・。」
「ああ、約束だ。ここに居るみんなの約束だ。」
「うん・・約束する。」
サチエの返事に、与志さんはサチエの手を握った。郁子は涙を零しながら、サチエとユキエを抱きしめた。その後ろから、金原が育子の肩を抱いた。哲夫と加奈もつられて涙ぐんでいた。
「ああ、そうだ。もうひとつあった。」
「?」
「ケーキ。せっかく金原さんが買ってきてくれたんだ。仲良く食べなさい。」
テーブルの上には箱に入ったケーキが置かれていた。蓋を開けると、サチエの大好物のモンブランと、ユキエの好物のイチゴのショートケーキが入っていた。
「じゃあ、苦いコーヒー二つと、てっちゃんのスペシャルジュース二つ、与志さんには、ゴールデンティにしましょうかね?」
哲夫が少しおどけて言った。4/25

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