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40 心の形 [命の樹]

40 心の形
.四人は、ケーキを食べ終わると、哲夫や加奈、与志に深々と頭を下げて、アパートへ戻って行った。
「与志さん、ありがとうございました。」
四人を見送りながら、加奈が言うと、与志は満面の笑顔で答えた。
「いや、礼を言うのは私の方だよ。こんな偏屈婆さんが、ちょっとでも、人様の役に立てるって思わせてくれたんだ。」
「そんな、偏屈なんて・・。」
「こんな岬のはずれに独り暮らししてるんだ、偏屈じゃなのは当然だろ?」
「うまくいくでしょうか?」
「サチエちゃん次第だろうが・・あの子は利口な子だ。きっとうまくいくだろう。」
与志はそう信じたいと心から思っていた。加奈も同様だった。
「まだまだ頑張らないとねえ。サチエと約束したんだ。あの子たちが幸せになるまで見守ってるってな。まだ、まだ、くたばるわけにはいかないね。なんだか、まだ、生きてても良いって神様に許してもらったようだね。」
与志の言葉を聞いて、哲夫は、サチエとの約束をいつまで守れるのだろうかと考えていた。
「てっちゃんも、約束したんだからな!」
与志の言葉には、何か、特別な意味があるように哲夫は感じた。
「ええ・・そうですね。頑張らないと・・。」
哲夫はそう答えるのが精いっぱいだった。
「ねえ、与志さん、今日は夕ご飯、ご一緒しませんか?」
加奈は夕食に与志を誘った。与志は少し考えてから答えた。
「いや、やめとくよ。こんな良い事があったんだ。早く、爺さんにも話してやりたいんだ。普段は、写真を見てもあまり話すこともないんだけどね、今日は楽しい話ができそうだ。じゃあ、帰るよ。」
与志はそう言って、《命の樹》を後にした。
哲夫は、与志さんの後ろ姿を見ながら、自分が死んだあと、加奈はあんなふうに強く生きてくれるのだろうかと考えていた。病気が判ってから、自分が死んだ後のことについてじっくり話し合ったことがなかった。いや、その話題を避けてきた。しかし、その日は着実に近づいている。

夕飯のとき、加奈がふと口にした。
「ねえ、心ってどんな形だと思う?」
加奈の唐突な質問はいつもの事だが、さすがにこれには驚いた。
「こころ?・・心って・・やっぱりハート型なんじゃないの?」
「何、言ってるの。それじゃあ、そのまんまじゃないの。あのね、心ってね、生まれた時は、まんまるでね、マシュマロみたいにとっても柔らかいんだって。」
どこで仕入れたのか、時々、加奈は面白い事を教えてくれる。若い時からそうだった。だが、大抵、どこか足りない処があって、つじつまが合わなくなるのだった。だが、下手に突っ込むと機嫌が悪くなるので、大抵の場合、気になる事はあっても哲夫は気にしないようにしていた。
「その柔らかいまん丸なこころはね、傷ついたり、凹んだり、壊れたりするのよ。」
確かに、凹むとか傷つくとか壊れるとか、そういうふうに表現する、と哲夫は関心して聞いていた。
「でもね、それを修復する力もあるんだって。」
「また、下のように丸くなるってことかい?」
「いいえ・・単純じゃないの。丸くなろうとするんだけど・・大きな傷や凹みは元に戻らない。それでも何とかしようとして、その部分が固くなるんだって・・・。でね・・たくさんそういう事があると心が固くなってしまうんだって。」
「じゃあ、悲しいことや悔しいことがたくさん会った人の心は固くなってしまうって事?それじゃあ、あんまりだろ?」
哲夫は少し呆れて訊き返した。加奈は答えに窮した様だった。
「固くなるんじゃなくて、表面は少し厚くなるじゃないのかな・・。ほら、怪我をして直った時、表面が少し暑くなってるように・・・。だから、小さな傷なら表面は少し厚くなって強くなる。辛い事があっても簡単には削れたり凹んだりしなくなるんじゃないかな。」
「そうね・・。」
「でも、サチエちゃんのようにあんまり深い傷だと簡単には埋まらない。そのまま傷口が開いたままになっちゃう事もある。そんな時は、誰かがそっと塞いであげなくちゃいけない。そのままだと、心が壊れちゃうからね。」
「きっと、お母さんや金原さんが塞いでくれるわよね。」
「ああ、きっと。」
哲夫はそう答えながら考えた。自分が死んだ時、きっと加奈の心には深い傷が付くだろう。その傷は誰がふさいでくれるんだろう。深すぎて、加奈の心が壊れてしまったりしないだろうかと思っていた。

それから、2週間ほど過ぎた日、郁子が金原と一緒に、《命の樹》にやってきた。
「その節はありがとうございました。」
金原が頭を下げた。
「いえ・・私は何も・・お礼なら与志さんに・・。」
哲夫が言うと、郁子が答えた。
「先程、与志さんのお宅にはご挨拶に伺いました。・・実は、引っ越すことにしたんです。」
「引っ越す?」
「ええ・・あれから、サチエも次第に誠一さんと話すようになってくれて・・毎晩、夕食を一緒に過ごすようになったんです。でも、夜には自宅へ戻って・・。そしたら、ユキエが誠一さんの後を追うようになってしまって・・もうすっかり、お父さんと思ってくれているみたいで・・・。」
「そんなに・・。」
「ええ、私も驚いています。それを見ていて、サチエが言ってくれたんです。一緒に住んだ方が良いって・・毎晩帰るのは寂しいでしょうって・・それで、彼の家に住むことにしたんです。」
「そうですか・・良かった。でも、寂しくなるな。」
哲夫が言うと育子が微笑みながら言った。
「大丈夫です。引越先はすぐ近くです。・・先日できた水上医院の隣なんですよ。もともと、あそこに金原さんの実家があって、少し改装して住めるようにしてくださったんです。あそこなら、サチエも転校しなくて済みますし、ユキエも保育園に通えます。そう、倉木さんのパンもいただけます。」
「そう・・それなら、時々、お邪魔しようかな。僕も、サチエちゃんやユキエちゃんの顔が見れるのは嬉しいですから。」
「是非、いらしてください。」
二人は幸せそうな様子で帰っていった。4/28

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