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44 岬の道 [命の樹]

44.岬の道
哲夫は、後始末をしながら、ふと、須藤自転車の事を思い出した。
「立派な三輪車を貰ったんだ。何かお礼をしなくちゃいけないな。そう言えば・・」
そう呟くと、玄関の前から、石段に向かって歩いていった。
「やっぱり、これだけの段差は難しいか・・。」
哲夫は以前に、須藤自転車の主人と健がここへやってきた時、石段を登ってくるのが大変だったという言葉を思い出していたのだった。
「何とかしなくちゃな。そのうち、俺も登れなくなるかもしれないしな。」
哲夫は、何か良い方法はないかと、ぶらぶらと庭を歩いていて、ふと思いついた。
「確か、この家を建てる時、トラックが入っていたよな・・・どこかに道があったんだ。」
そう言って、庭の周囲を探してみた。
「きっと、ここだな・・・。」
哲夫はそう言うと、いったん、店の玄関に戻ってから,≪準備中≫の札をかけ、倉庫へ向かった。
哲夫は倉庫から草刈機を持ち出してきた。そして、先ほどの場所へ行くと、草刈機のエンジンをかけて、目の前の草を刈り始めた。
ブーンという音とともに、夏の間に背丈ほどまで伸びた草が次々に刈られていく。時折、大きな石が転がっていて、少しずつ、脇へどかしてから、斜面を下って行った。
道らしき場所は、石段がある場所とは反対側の東斜面をゆっくりと下る形で、与志さんのミカン畑の脇の道へ繋がっているようだった。ざっと草を刈ると、道全体が見えてきた。上から見た時の想像通り、与志さんのミカン畑の脇、農協のトラックが入ってくる道と繋がっていた。さらに、繋がっている場所には、自動車を5台くらい停められる空地もあり、草を刈った。
「これなら、ここを駐車場にして店に上がってきてもらう事もできそうだ。」
哲夫は満足そうな顔で言った。
「おや、てっちゃん、どうしたんだい?」
与志さんは、草刈機の音を聞いて、畑からやってきた。
「石段がきついかなと思って・・こっち側に確か車が入れる道があったように思ったんで、草を刈っていたんですよ。そしたらここへ出てきたんです。」
「ああ、そうかい。工事の車が入れるようにしたいって頼まれてね、ついでに、細かった道を広げてもらったんだ。おかげで、農協のトラックもここまで入ってくれるようになって、助かったんだよ。」
「そうだったんですか・・。」
哲夫は草刈機を下ろした。
「昔は、背負子にみかんを詰めて、神社の前まで運んだんだ。この先の岬の先あたりにも、たくさんミカン畑があってね、長い長い石ころ道を、何度も何度もを運んだんだ。きつかったよ。」
「へえ・・この先にもまだ道があるんですか?」
「ああ、だがしばらく人が入っていないからね。あちこち崩れているんじゃないかねえ。昔は、この岬をぐるりを一周出来たんだよ。・・そうそう、ちょうどその先に寝、小さな祠があるんだよ。謂れは知らないが、ずいぶん古いものなんだ。子どもの頃、肝試しってやったことあるだろ?ここらじゃ、皆、この道を肝試しに使ったんだ。」
与志さんはそう言うと、くすっと笑った。
「どうしたんです?」
「いやね・・あの、源治のことさ。今じゃ、良い爺さんだが。あれが子どもの頃はたいそう臆病者だったんだ。夏の祭りの後には必ず肝試しがあるんだ。祭りの最中は、騒いでいた源治だったが、いざ始まるとね、腹が痛いだの、頭が痛いだの言って、逃げようとする。いよいよ、逃げられなくて、私と一緒に行くことになったんだ。」
哲夫は自分のことを言われているようだった。哲夫も、子どもの頃は随分と臆病だった。だが、それを知られたくなくて、わざと粋がって見せていたのを思い出して、ちょっと恥ずかしくなった。
「わたしゃ、よく知った道だし、何も怖くなんかない。小さな提灯をぶら下げて、ずんずん、ずんずん、先に歩いていってやったんだ。気が付くと、源治の姿はなくて、戻ってみたら、そのあたりで座り込んで泣いてるんだ。」
幼い頃は、何かと女子の方が気が強い。哲夫も、年上の女子にはよく泣かされた。
「そっと近づいて行ってね、わあっ、て脅かしてやったら、おしっこ漏らして、オイオイ泣きながら逃げ帰って行ったんだよ。・・今からは想像できないだろうがね・・・。」
与志さんは、昔を懐かしむように目を細めて話した。
「何だか意地悪ですね?」
「そうかい?まあ、あいつは普通の時は、ガキ大将気取って女の子をいじめてたからね。」
「何だか、想像できますね・・。」
「懐かしいねえ・・あの頃は、子どもたちが山の中を走り回って楽しかったねえ。」
与志の言葉は、少し寂しそうだった
「今は、もう大人もここへは入らなくなったんですね・・。」
「ああ・・・まあ、仕方ないさ。」
哲夫は、岬の先端に伸びている道をじっと見つめた。
「ちょっと行ってみます。」
「そうかい、気を付けるんだよ。あまり、端っこを歩かない方が良いよ。」
「はい、気を付けます。」

哲夫は、草刈機をその場に残し、与志と別れて、細い道の先、祠のあたりに向かうことにした。

途中、樹が茂り、道に迷いそうな場所もあった。山から落ちてきた岩石もいくつも転がっていた。
山側にも海側にも、木々が枝を伸ばし、風景は全く見えなかった。少し登坂をあがり、右にカーブしたところで、急に視界が開け、5メートル四方の広場に出た。
湖からの風が強く吹き付けるその場所に、小さな祠が、湖に向かって建っていた。祠の中には、小さなお地蔵様が鎮座していた。昔に誰かが供えたのか、お椀が一つ置かれていた。

岬といってもそれほど高くはなく、海までは5メートルほどしかないのだが、足元が断崖のような岩場になっていて、随分と高く感じられる。
遠くまで見渡せる場所は、まるで別世界に紛れ込んだようだった。
「いい場所だな・・。」
哲夫はそう言うと、座り込んで湖を眺めた。
そのうち、意識がぼんやりとし始めてきた。夢中で歩いてきたせいか、随分体が怠く感じられた。
哲夫は、ポケットから携帯の酸素ボンベを取り出して、口に当て、少し休もうと体を横たえた。

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