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53 キノコの話② [命の樹]

53 きのこの話2
「あの・・お近くにお住まいですか?」
「いえ・・昨日、長野から娘に会いに参りました。・・いつも電話ばかりで、なかなか娘が顔を見せないものですから・・雪が降る前に一度と思って来たんです。娘が仕事に出たので、話に聞いていた喫茶店に行ってみようっと思ったんです。」
「そうなんですか。ありがとうございます。ぜひ、ごゆっくりしていってくださいね。」
その女性はふとカウンターの上に置かれていたキノコに気付いた。
「あれは?」
女性が、加奈に尋ねる。
「・・今朝、ちょっと見つけたものです。クリタケじゃないかって主人は言うんですけど・・。」
「ちょっと拝見させてもらっても良いかしら?」
加奈はキノコを女性に手渡した。
その女性は、キノコを手に取ると、襞の中を指触り、匂いを嗅ぎ、色具合を丹念に見た後、言った。
「ええ、これはクリタケね。それもかなり上等で、きっと美味しいはずよ。」
そう言いながら、加奈に返した。
「本当ですか?お分かりになるんですか?」
「ええ・・秋には、必ず、裏山へキノコ採りに行くんですよ。」
「キノコがお好きなんですね。」
「いえ、そうじゃないんです。主人に教えられたんです。それが習慣になってしまって・・」
「ご主人に?」
「もともと、私、生まれは名古屋で、農家の暮らしがどんなものか全く判らないまま、嫁いだんです。最初の頃は、嫁としてしっかりしなきゃって、家事も農家の仕事も頑張りました。」
「農家のお仕事って力仕事も多いんでしょう?」
「ええ・・体力にはかなり自信はあったんですけどね・・でも、やっぱり慣れない仕事で、無理は続きませんでした。半年ほどで、気持ちも体も限界になってしまっていて、倒れてしまったんです。数日寝込んでしまって・・・気持ちは沈むばかりで・・・もう、ここには居られないなんて思い始めた時でした。主人が、山へ行こうって言ってくれたんです。疲れ果てた私を気遣ってくれたんでしょう。」
その女性は、キノコを見つめ乍ら、懐かしい時代を思い出しているようだった。
「体調が戻るまでは、山道を宛てもなく歩くだけでした。周囲の様子にも全く目も向けず、じっと、足下ばかり見て歩いていたようです。ある日、ふと、足元に小さなキノコを見つけたんです。なんだか、日陰で健気に生えているようで・・とても可愛く思えたんです。その周囲を見ると、いろんなキノコがたくさん生えていたんです。その日は、主人に教えられるまま、目の前のキノコを採って家に帰ると、お舅さんがとても、喜んでくれました。」
加奈は笑顔で女性の話に聞き入っていた。
「持ち帰ったキノコは、とても珍しいものだったようです。すぐに、お鍋にしていただきました。お舅さんが、私に、キノコ採りの才能があると随分褒めてくださいました。落ち込んでいた私を励まそうとされたんだと思いますけど・・・・それから、しばらくは、そうやって山へ入ってきのこ採りばかり。気持ちも晴れてきて、自分のペースで頑張ればいいんだって思えるようになったんです。」
「素敵なご家族・・優しいご主人なんですね。」
「ええ・・それから山へ行くたび、いろんなキノコを教わりました。毒のあるものとないものの見分け方とか・・料理の方法なんかもね。」
その女性は嬉しそうに話す。
「・・じゃあ、今でもご主人と山へ?」
「いえ、主人は、10年ほど前に、他界しました。」
「そんな・・。」
「突然でした。しばらくは、何も手に着かず、ただただ、泣いておりました。そんな時、お舅さんが山へ誘ってくれたんです。無心になってキノコを採りました。籠一杯に採っているうちに、何だか、主人が一緒に居てくれるように感じて、気持ちも落ち着きました。・・・・」
加奈は、その女性の話を聞いているうちに、ぽろぽろと涙が零れてきてしまった
「そのあと、舅も姑も他界し、今は、一人暮らしなんです。」
加奈は、ふっと、いずれ来るだろう自分の姿を想像した。
「おひとりで・・淋しく・・。」
そう言いかけて、やめた。女性は、笑顔で話を続けた。
「りんご畑はさすがに独りでやるには難しくて・・、大半は、近くの親戚の方にお願いしました。」
ちょっと女性は話を停めて、遠くを見た。
「少しだけ、ほんの少しだけ家の前にあるりんごの世話が日課かしら。春には真っ白な花をつけるんですよ。とっても綺麗。娘が小さい頃は、古いりんごの樹の枝にブランコなんか作ったりしてね。花選り、実選り、秋には収穫、冬になると枝切りもあって、毎日結構忙しいのよ。・・でもね、どんなに忙しくても、今でも、秋になると山へ行きたくなるんです。キノコを探していると、主人やお舅さんと一緒にいるような気がして。だから、淋しくないわ。・・・」
加奈はすっかり涙に頬を濡らしてしまっていた。
「ごめんなさい。・・・。」
加奈は涙を拭うと、厨房へ引っ込んでしまった。
入れ替わりに、哲夫が、焼き立てパンを運んできた。
「すみません。お待たせしました。幾つでもお召し上がりください。」
「あの・・奥様、随分悲しそうでしたけど・・私、何かつらい事でも思い出させてしまったのかしら?」
「いえ・・そんな・・・この頃、涙もろくなっているんでしょう。気になさらず・・ゆっくりして行ってください。」
哲夫はそう答えると、すぐに、厨房へ戻った。
厨房の奥には、蹲って、涙を拭っている加奈がいる。加奈がなぜ涙を流しているか、哲夫にはすぐに判った。
近い将来、自分はいなくなる。加奈は、独りでここで過ごす時間を想像して悲しくなったのだろうと考えると、どう声を掛けていいかわからなかった。
だが、昼食時間の忙しさで、互いに会話を交わさずに済んだ。
ひとしきりの賑わいが終わり、客が帰ると店の中は静かになった。
哲夫は洗い物をしていた。加奈は店内の掃除をしながら言った。
「もう、お客さんも途切れてきたようね。私、与志さんの手伝いに行ってくるわ。」
哲夫が返事をするもなく、加奈は店を出て行った。

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