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56 焼き芋パン [命の樹]

56 焼き芋パン
加奈は、翌日も仕事が午前中で終わったので、与志さんのミカン畑の手伝いに行った。
「保育園の子どもたちが、てっちゃんのことを心配しているようなんだ。毎週楽しみにしていたパンも食べられなくなるんじゃないかって・・。」
与志さんは、収穫したみかんを保育園に差し入れに行っている。一度に持っていける量は限られているので、ほぼ毎週のように保育園に行っているようだった。
「そう・・でも・・」
早朝のパン焼き仕事は哲夫の体調を考えると、まだ無理だろうと考えていた。
「そうだね・・・今は、無理しないほうが良いだろうね。」
「ええ・・。」
加奈は、日暮れまでミカンの収穫を手伝った。帰り際に、与志は加奈に紙袋を一つ渡した。
「今日の仕事のお礼だよ。うちの畑で掘ったんだ。」
袋の中身は、見事なサツマイモだった。
加奈が、店に戻ると、哲夫はもう店を閉めて、夕飯の支度を終えていた。
「これ、与志さんから戴いたの。今日の仕事のお礼だって。」
「お、これは美味しそうだね。・・今日はもう支度をしちゃったから、明日、天ぷらにでもしよう。さあ、夕食にしよう。」
夕食をとりながら、加奈は与志に聞いた話を伝えようかどうか迷っていて、つい無言になってしまっていた。
「どうしたんだい?何かあったのか?」
哲夫は、加奈の様子が気になって訊いた。
「いえ・・何でもないわ・・ごめんなさい。ちょっと、学校でね・・。」
「そうか・・なら、良いんだが・・。」
加奈は大抵のことは夕食のときに哲夫に話している。特に、迷っているような事があると、特に哲夫の解決策のアドバイスをもらうつもりもないにもかかわらず、長々と話して、自分で解決策を見つけるところがあった。だから、こうやって口を開かないときは、自分自身の抱えている問題ではないことくらい、哲夫には判っていた。哲夫に話せない事、それは病気と関係していることに違いなかった。哲夫もそのことは判っていて、あえて訊こうとはしない。それは、哲夫の病気が見つかってから自然に二人の間の約束のようなものになっていた。

「なあ、加奈。明日、久しぶりに保育園にパンを届けようと思うんだ。もう、随分、お休みしてるから、子どもたちも淋しがっているんじゃないかな。いや、久しぶりに、元気な子供たちの顔を見たいんだ。」
哲夫は食事を食べ終えて、食器を洗いながら言った。
加奈は、口籠っていた事を見抜かれたような気がした。
「無理しないで・・・。」
加奈はそれ以外口にできなかった。
「ああ、大丈夫さ。昔みたいに朝早くじゃなくて、保育園に届ける時間に焼きあがれば良いようにすれば、普段通りに起きればできるだろ?仕込みは今日のうちにやれば良いし。」
「じゃあ、私も手伝うわ。」
「お、久しぶりに加奈先生の出番ですね?」
哲夫は、パン焼きを加奈に教わったのだった。
夕食の片づけを早々に終えて、厨房でパン作りを始めた。
「どんなパンにするの?」
加奈が訊くと、哲夫は少し考えてから、カウンターの上に置かれた紙袋を見て言った。
「サツマイモを使おう。・・スイートポテトパン・・いや、焼き芋パン、なんてどうかな?」
「焼き芋パン?」
「ああ、成型するときに、焼き芋を中に入れるんだ。」
「じゃあ、少し生焼けくらいにしておかないとね。パン焼きの熱でぐちゃぐちゃになるかも。」
「そうか・・まあ、今日は、パン生地だけにしておこう。」
二人は、粉を篩にかけて、生地づくりを始めた。

翌日、夜明けとともに二人は目覚め、昨日仕込んだパン生地を切り、オーブンで半分ほど焼いたサツマイモを生地で包み込んだ。一通り、作業が終わると、哲夫が裏口に行き、焼き窯に火を入れた。
ちょうど与志さんが、朝の仕事の支度に、ミカン畑に来ていた。
煙が立ち上るの見つけると、与志さんはパン焼き窯のところへ顔を出した。
「おや・・今日はパンを焼くのかい?」
「おはようございます。ええ、久しぶりに、保育園に届けようと思って。」
哲夫は窯の火加減を見乍ら答えた。
「ふうん、そうかい。」
与志さんはそう言うと、ベンチに腰掛けた。
「ちょっと待っててください。」
哲夫はそう言うと、裏口を開けて、加奈を呼び、紅茶を入れるように言った。しばらくして、加奈が紅茶とコーヒーを運んできた。
「おはようございます、与志さん。」
「おや、これは珍しい。今日は、加奈さんも一緒かい?」
「ええ、久しぶりにパン焼きの手伝いをしてみようと思って・・。あ、これ、与志さんの紅茶です。」
加奈は、紅茶をテーブルに並べながら、与志に、昨日の会話の事は哲夫には伝えていないことをそっと耳打ちした。与志は小さく頷いた。
「そうそう、与志さんに頂いたサツマイモを使ったパンなんですよ。」
「へえ、そりゃ、きっと美味いだろうねえ。焼けたら、おくれよ。」
「もちろんですよ。」
哲夫が火加減を調整しながら、笑顔で答えた。加奈が厨房に戻って、成型したパンを運んできた。哲夫が受け取り、一つ一つ丁寧に窯の中へ入れた。
「じゃあ、できるまで、もう一仕事してくるよ。」
与志さんはそう言って、畑に戻って行った。
じきに、パンの焼ける匂いが当たりに漂い始めた。
「子どもたち、喜んでくれるかな?」
「きっと大喜びよ。」

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