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46 優しさの勘違い [命の樹]

46. 優しさの勘違い
徐々に日暮れが近づいてきていた。
「やっぱり、このままじゃいけない。家に帰りましょう。ねえ、幸一さん、おじさんを背負える?」
「ああ・・大丈夫だろう。」
幸一が哲夫を背負うと、一瞬、驚いた表情をした。
身長は、哲夫も幸一も変わらないはずなのだが、哲夫は見た目以上に軽かった。だが、幸一はそのことを口にしなかった。
三人は哲夫を連れて、今、来た道を戻っていく。

《命の樹》にあがる道のところで、与志さんと出くわした。
「おや・・どうしたんだ?哲夫さん、怪我でもしたのか?」
与志さんが心配そうに訊ねたので、加奈は咄嗟に答えた。
「いえ・・ちょっと足を痛めたみたいです。・・その先で、動けなくなって、そのまま居眠りしたようなんです。」
加奈の言葉は、つじつまの合わないものだった。
「すまなかったねえ、用心しろっていったんだけどねえ。」
与志さんは、自分が哲夫に道を教えたことを詫びるような表情で言った。
「大丈夫です。すみません、ご心配をおかけしてしまって。」
幸一もこれ以上ここに留まれば、哲夫の病気が与志にもばれてしまう。そう考えると、無感情な声で切り出した。。
「さあ、行きますよ。痛みが出る前に治療しなくちゃいけませんから。」
幸一は、哲夫を背負ったまま、すぐに坂を上った。
「与志さん、本当に、たいした事ありませんから・・」
加奈と結は与志に頭を下げた。

店に戻ると、すぐに2階の寝室に哲夫を運んだ。
結は、すぐに、哲夫に酸素マスクを着け、点滴を始めた。
寝室には心拍を計測するための機材が置かれていて、幸一が準備をした。二人は手早く全てを終えると、結は、再び、哲夫の胸に聴診器を当てて音を聴く。
しばらく、目を閉じて、具合をじっと感じ取ろうとしていた。
加奈は、不安な顔つきで、その様子をじっと見つめている。
「・・・良かった、すいぶん落ち着いているみたいです。・・」
結は加奈に微かな笑顔で言った。加奈は胸をなでおろした。
「点滴で1時間くらいゆっくり眠れれば、きっと気がつくでしょう。少し、寝かせてあげましょう。」
結は、そう言うと部屋を出て行った。
加奈は少し、哲夫の様子を見た後、階下へ降りて行った。

結と幸一は、椅子にかけていた。
「結ちゃん、幸一さん、ありがとうございました。もう、駄目かって・・」
加奈は、そこまで口にして、首を横に振った。
「加奈さん、駄目ですよ。そんなふうに思っちゃ。おじさんが悲しむわ・・。」
「そうですよ。」
幸一も慰めるように言った。
「そうね・・ごめんなさい。お医者様が二人もいらっしゃるんですものね。・・ねえ、食事していくでしょ。簡単なものしか作れないけど・・」
「あ、私、手伝いますから。」
結も立ちあがって、加奈とともに厨房に入った。厨房の隅には、結が持ってきた携帯用酸素ボンベの箱が置かれていて、結は何気なく中を開いてみた。使用したものは、上部の蓋の封印が切られるようになっていて、一見して使用したものがすぐに判った。もう半分くらいが使用済みになっていた。
「おじさん、これまでも随分使っているみたい・・・でも、一度も連絡は・・。」
加奈は、大鍋にお湯を沸かしながら、大きなため息をついた。
結はそれ以上何も言えず、加奈の横でパスタを取り出して量り、加奈に渡した。

三人は、加奈が作ったパスタを無言で食べた。結も幸一も、加奈の気持ちを考えると話題にすべきことが浮かばなかったからだった。
加奈が口を開いた。
「どうして、あの人はそうなのかしら。みんながどんなに心配しているか、何もわかっていないんだから。」
悲しみと悔しさと憤りと、何かいろんな感情が混ざった言い方だった。
幸一が言う。
「心配を掛けたくないって思っているんでしょう。」
これに結が反応した。
「心配かけたくないって・・結局、今日だってこんなふうに大騒ぎになっているじゃない。そんなの身勝手よ。」
加奈の気持ちを代弁するような言葉だった。
「いや・・自分は大丈夫だって思ってもらいたいんだろう。男ならそう言うところあるよ。」
「え?じゃあ、あなたもそうなの?そんなの、ちっとも優しくないわ。」
「優しくないって・・じゃあ、いつもいつも心配かけていた方が良いのかい?」
「そうじゃないわ。なんでも隠さず正直に言ってほしいのよ。で、なきゃ、一緒に生きている意味がないじゃない!」
「そんな、全部が全部知っておくべきとは限らないだろ?」
二人の会話は、哲夫の事ではなくなってきていた。
加奈は二人の会話を聞いて、二人の間が親密になっていることを直感した。
「じゃあ、あなたも隠し事があるのね?」
「いや・・僕はそんな隠すようなことはないさ。・・昔からそうだ。君の方が隠し事が多いんじゃないかな?」
「そんな・・・。」
急に結は口ごもってしまった。結の心の中に秘めた思いを幸一に見抜かれたように感じたからだった。
「ねえ、二人は付き合ってるのよね?」
加奈が二人の言い合いに入った。
「えっ!?」
結と幸一は顔を見合わせ、黙ってしまった。

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