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47 医師の顔 [命の樹]

47 医師の顔
「別に隠すようなことじゃないでしょ?良いじゃない。お医者様同士って・・お仕事でも互いに助け合えるでしょ?」
加奈の言葉に、結は観念したように言った。
「ええ・・少し前・・いえ、開院してから、いろいろと相談に乗ってもらっていて・・幸一さんも、こっちへ帰ってくるって決めて・・・おじさんが落ち着いたら、お話ししようと思っていたんです。」
結は、秘めた思いを加奈が知っていることを承知の上で言った。
「そう。良かったわね。…結婚も考えているんでしょ?」
「まだ、そこまでは・・・私、一度失敗してますから。」
「失敗なんて・・あなたが悪かったわけじゃないでしょ?」
「でも・・やっぱり、幸一さんは須藤のお家の長男ですし・・私みたいなのは、釣り合わないというか・・やっぱり初婚同士が良いと思うんですよ。」
「結ちゃんも意外と古風なのね。」
加奈と結のやり取りをじっと聞いている幸一に向かって、加奈が視線を送った。
幸一は、何か言いたげな表情だったが、何も言わなかった。すると、加奈が、母親が子供を諭すような口調で言った。
「ほら・・何、黙ってるの?今でしょ?」
幸一は何のことかわからず、ポカンとした顔で加奈を見ている。
「ああ、まったく。鈍いのね。どうして、ここで結婚しようって言わないの?」
幸一は漸く意味が判って、慌てて言った。
「いえ・・それは・・やっぱり・・、結さんの気持ちが大事ですから。・・・・無理に求めるものでもないでしょう?結さんの言ってることも一理あるっていうか・・。」
幸一の言葉に、加奈はがっくりした顔をして、結を見た。
「どうして、男ってのはこうなのかしらね。何だか、幸一さんは、哲夫さんによく似てるわねえ。鈍感というか、優しさって言うのを勘違いしてるっていうか・・。そのくせ、妙な時に優しかったりして・・ね。」
結は、複雑な表情をして加奈を見た。
「結ちゃん、あなた、やっぱり苦労するわ。こういう人が一番厄介なのよ。哲夫さんを見ていればわかるでしょ?・・いつも、自分のやりたいようにやって、自由奔放っていうの。そのくせ、遠くから見守ってくれてて、困った時には頼りになる。でもちっともそんなことわかってないのよ。」
そう言われて、結は苦笑した。幸一は情けない顔をしている。
「・・でも、大丈夫。きっと幸せになれるわ。早く一緒になりなさい。」
加奈はそう言い放つと、席を立って、皿を片付け、厨房に行った。
幸一と結は、互いに見つめあい、言葉にこそしなかったが、結婚の決意を固めたようだった。

「そろそろ、おじさんの様子を診てきます。」
結はそう言うと2階へ上がり、じきに降りてきた。
「まだ眠っているようですが、呼吸も心拍も安定しているようですから、もう大丈夫でしょう。」
「ありがとう。・・ホントにありがとう。」
加奈は結の手を取って礼を言った。
「いえ、恩返しのつもりですから。」
「幸一さんも、本当にありがとうございました。」
加奈は深々と頭を下げた。
「やめてください。僕も恩返しのつもりですから。」
加奈は顔を上げて不思議そうな目で幸一を見た。
「いや・・ほら、親父の事では哲夫さんにも奥さんにもお世話になりましたから。それに、故郷に戻る決意もできましたし、おかげで、こうやって結さんにも会えましたから。・・僕の人生を大きく動かして下さったんです。だから、恩返しです。」
幸一は、晴れやかな笑顔でそう言った。
「そろそろ帰ります。明日の午後には動けるようになるはずですから。明日は午後休診にしておきます。必ず、検査に来てくださいね。」
結はそう言うと、幸一とともに帰って行った。

幸一は、店を出て、石段を下りながら結に言った。
「哲夫さん、随分痩せてたよ。」
「そうね・・。」
「・・やっぱり、かなり進行しているようだね。」
結も、哲夫の胸に聴診器を当てた時、肋骨が浮き出ているのを見て、予想以上に病状が進行しているのは判っていた。
「しかし、不思議だよね。あれだけの状態なら、普通なら激痛で耐えられない事もあるはずなんだが。」
「ええ・・・そうなのよ。体力が落ちている以外は余り変化がない・・と言うか、食欲もあるようだし、手足もしびれたりしていない様なの。」
「他への転移は?」
「おそらく、もう全身に転移している段階だと思うんだけど、・・、本格的な全身検査はしていないの。」
幸一は、石段を下りながら、じっと考えていた。そして、下に降り着いた時に言った。
「これは、あくまで仮定の話だが・・痛みを感じないって言うことは、脳への転移が進んでいるってことはないだろうか?」
「・・そうかもしれない・・私、専門じゃないから・・判らないけど・・」
「あんまり聞いたことはないんだが、まれに、脳への転移で神経中枢が麻痺すると、痛みを感じないケースはあるんだ。」
「それって・・。」
「ああ、痛みは感じないのは、大量のモルヒネを用いなくて済むからね。でも、自分の病状が判断できない。それに、予想もしないような異常行動とか・・・厄介なことには変わりないさ。」
「おじさんがそうだとすると・・普通に暮らすなんて無理ね。」
結は険しい顔でじっと足元を見ている。
「君の病院には、MRIを入れたんだよね。」
「ええ・・」
「明日、脳の検査を・・いや、全身の検査をしよう。もし、脳への転移があれば、治療方法を変えなくちゃいけない。」
二人は先程の結婚話などとっくに忘れ、医師の顔になっていて、足早に帰って行った。

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