SSブログ

50 薪づくり [命の樹]

50 薪作り
哲夫の決断を結に伝えると、すぐに結は診察にやってきた。
結は慎重に診察をし、熟考した上で、「今の状態なら大丈夫でしょう。薬の効果も出ているようです。だけど、無理だけはしないでください。」と許可した。
二人は店を再開することにした。
久しぶりに、哲夫は、朝早く起き、パンを焼こうとして、薪が減ってしまっていることに気付いた。
建築端材をすべて、薪にしてもらって、窯の横の壁一面に軒下一杯まで、積み上げていた。一日に使う量は大したことはなく、僅かずつ減ったために、哲夫も気づかずにいた。
「そろそろ、どこかで調達しないといけないな・・・。」
しかし、今時、薪を買う場所があるだろうか。薪の手配のことは、まったく考えていなかったのだ。
ふと、夏の豪雨の際の倒木の事を思い出した。確か、あの後も、そのままにしていた。このあたりには、自分たちと与志さんしか住んでいない。町役場も、倒木の処理などしていないはずだった。
仮に誰かが持って行ったとしても、これだけの森に囲まれているのだから、森の中から、間伐をして切り出す事もできるかもしれない。しかし、それだけの体力があるだろうか。いや、それ以前に、そんなことを加奈が許してくれるかどうか心配になっていた。
朝食の時、加奈を前に哲夫は少し迷いながら切り出した。
「あのさ・・薪がね、かなり減ってるんだ。」
「え?あんなに積み上げてあったじゃない。」
「保育園のパン焼きで、かなり使ってるからね。本格的な冬の前に、何とかしないと、暖炉もつかうだろうし・・・どこかで調達しなくちゃいけないんだが・・・。」
「そんな・・どこか、調達先あるの?」
加奈はサンドイッチを食べながら訊いた。
「いや・・そんなに都合よく薪が買える時代じゃないと思うんだよね。」
「じゃあ、どうするの?」
哲夫は少し間をおいて答えた。
「ちょっと考えたんだが・・ここの森から調達できないかなって。」
「自分で切ってくるってこと?」
「ああ・・道具はあるんだ。チェーンソーも斧もある。」
「そんなに簡単かしら?」
「ああ・・夏の豪雨の時の倒木がね・・あのままになってるはずなんだ。まずはあそこからって・・。」
「無理しない方が良いんじゃないかしら・・あの時だって・・。」
「わかってるさ。でも、無くなっちゃうと困るよ。なあ、毎日、少しづつでいいんだ。保育園のパンを焼く時以外は、使う量も大したことないし。そう、毎日20本くらいずつで十分だと思うんだが。」
加奈はすぐに返事をせず、まずは、コーヒーを飲んで、自分を落ち着かせてから言った。
「わかったわ。私も手伝うわ。だけど、私が休みの間だけにして。もし無理をしそうになったら、すぐに止めるからね。」
食事の後、開店までの時間に、哲夫は、加奈と一緒に、例の倒木を見に行くことにした。
「こんなに大きかったかな?」
倒木は、ゆうに10m以上あり、太さも50センチほどだった。適当な大きさに切断しても、そのままでは運べそうにない。この場所で、ある程度小さくする必要があった。
「これ一本でしばらく大丈夫そうだな。・・だが、まずは、手ごろな大きさにここで切っていくしかないかな。」
「大丈夫?体、辛くない?私は何を手伝う?」
「じゃあ・・その鉈(なた)で、小さな枝を切り落としてくれるかい?・・小さな枝も焚き付けに使えるから、ひとまとめにしておいて。」
「わかったわ。」
加奈は、鉈を手に取ると、ちょっと振ってみた。
「ねえ・・こんなので切れるの?」
「切るというよりも叩く感じさ。鉈の刃の重さで切り落とすって言う感じかな。まあ、やってみて。」
哲夫はそう言うと、マスクとメガネをかけて、チェーンソーのエンジンをかけた。
森の中に、ブーンというエンジン音が響いている。太い幹にチェーンソーの刃を充てると、キーンという甲高い音が響き、切り屑があたりに散った。時間が経っているからか、意外軽く切断することができた。窯に入れるちょうどいい大きさに揃えて、順番に切り始めた。
加奈は、言われた通り鉈を枝の根元に打ち込む。意外と簡単に枝は落ちた。倒れてからしばらく放置されていたことで、樹が乾燥し割れやすくなっていた。
加奈は、鉈を一振りするたびに、哲夫の様子を伺った。
エンジン音が森の中に響き渡っているのだが、不思議に、五月蠅いという感覚はなく、例えるなら、大きな滝の側にいるような感覚だった。
何本が切り出したところで、エンジンを停めると、急に誰かの声がした。
「おや、てっちゃん、加奈さんも、一体、どうしたんだい?」
顔を見せたのは与志さんだった。
「おはようございます。朝早くから、済みません。うるさかったですか?・・・こいつを薪にしようと思いましてね。」
哲夫は、マスクを取ってあいさつした。
「そうかい。薪か・・そう言えば、昔は、みんなこの山から、間伐した木や下草、落ち葉なんかを集めて、薪にしたもんだよ。だから、昔の森は、どこもかしこも、公園みたいに綺麗だったさ。最近は、山に入る人もいないから、こんな大きな樹が平気で倒れてしまうんだ。」
「そうなんですね・・・。」
「加奈さんも一緒とは・・・おや、鉈かい。今時、そんな道具、使えるのかい?」
加奈は何故だか顔を紅潮させていて、弾むような声で答えた。
「ええ・・何だか、楽しくって。気持ち良く切り落とせると爽快なんです!」
「ほお、そりゃ、良かった。・・まあ、余り、根を詰めない方が良いよ。のんびりやるのがコツだよ。」
「与志さんはこれから?」
哲夫が訊いた。
「ああ、向こうの畑のミカンの収穫をしに行くところだ。午後には、農協が集めに来てくれるんだ。それまでに、できるだけ穫っておかなきゃいけないんだよ。」
「そう言えば、哲夫さんの家、ミカンを作っていたわよね。」
加奈が言った。哲夫は少しばつの悪そうな顔をして言った。
「実は、生家はミカンを作っていたんです。子どもの頃にはよく手伝わされました。」
しばらく、実家の事は考えたことがなかった。特に、病気が見つかってからは、今どうすればいいかばかり考えていて、昔の事をゆっくり思い出すことなどなかったのだった。

nice!(4)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0