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58 保育園の子どもたち [命の樹]

58 保育園の子どもたち
哲夫と加奈は、続けてパンを焼き、焼き上がったパンはいつものように小さな紙袋に一つ一つ包んだ。そして、配達用の箱に綺麗に並べた。今までは一人でやっていた仕事だったが、加奈が手伝ったことで、随分、早く終わった。
「じゃあ、届けに行こう。」
「車、出そうか?」
「いや、せっかく電動自転車をもらったんだ。自転車で行こう。」
「大丈夫かしら・・。」
「大丈夫。昨夜はしっかり眠れたし、パン焼きも加奈が手伝ってくれたおかげで楽にできた。それに、玉木のご主人の話しぶりだと、街の人も心配してくれてるようだから、元気な姿も見せなきゃ。」
「そう・・わかったわ。」
自転車を庭まで持ち込んで、箱を後ろの荷台に括り付けて、坂道をゆっくりと降りた。
「与志さんのところへ寄って行こう。」
畑の間の道を抜けると、与志の家があった。与志はまだどこかのミカン畑にいるようだった。玄関にパンの入った紙袋を置いた。
そこからゆっくりと山道を下って行く。薪にしている倒木の脇を通る。もう半分ほどになっていた。
神社の前を抜けて、街の通りに出た。
もう晩秋、いや、初冬に入って、西からの風が強く吹くころになっていた。
「ねえ、寒くない?」
後ろを走る加奈が訊く。
「大丈夫。」
哲夫が片手を上げて応える。
玉木商店の前を通ると、ご主人が店先に居た。
「ありがとうございました。これから保育園に行きます。」
哲夫が元気よく言うと、玉木商店の主人も手を振って応えた。その先には、須藤自転車がある。
「ちょっと寄って行こう。」
哲夫はまた寄り道をした。須藤自転車のご主人も修理場の中にいた。奥さんが通りに出てきた。
「元気になったのね。」
「すみません。なんだか、ご心配をおかけしたようで。これ、お詫びです。与志さんにいただいたサツマイモで作ってみたんです。」
哲夫はそう言うと、パンの入った紙袋を渡した。
「まあ、ありがとう。久しぶりねえ・・うれしいわ。ずっと待ってたのよ。」
奥さんは嬉しそうに受け取った。
「どうだい、自転車の調子は?」
修理の手を止めて、ご主人も店先に顔を見せた。
「ええ、ありがとうございます。本当に助かりました。これなら遠くまで配達できそうですよ。」
「おいおい、無理するなよ。まあ、調子が悪くなったらいつでも修理してやるからな。」
須藤自転車のご主人も嬉しそうだった。

哲夫と加奈は、保育園に向かった。ちょうど、子どもたちは外遊びをしているところだった。
「あ、てっちゃんだ。」
誰かが声を上げると、園児たちは、皆、門のところまで走ってきた。
「あ、加奈ちゃんもいるよ。」
無邪気な声が聞こえてきた。自転車を止めて、パンの入った箱を抱えて園内に入ると、哲夫と加奈の周りに子どもたちが集まってきた。久しぶりの感覚だった。
「さあ、みんな、ちゃんと並んでよ。」
保育園の先生の声が響くと、みんな行儀よく並んだ。
「みんな、ごめんね。ちょっとお休みしちゃって。」
哲夫が言うと、ユキエが心配そうな表情を浮かべて、口を開いた。
「もう元気になったの?」
ユキエは、母の郁子から哲夫が入院したようだと真っ先に聞いたのだろう。誰よりも心配していた様子だった。
「ああ、もう大丈夫、元気になったよ。心配かけてごめんね。」
子どもたちの無垢な瞳がじっと哲夫を見つめている。哲夫はそれ以上の言葉が出てこなかった。
「さあ、今日のパンはなんでしょう?」
加奈が哲夫に代わって子どもたちの相手になった。箱からパンを一つ取り出して、みんなの前に開いて見せた。子どもたちは穴が開くほどパンを見つめ、鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
「おいも?」
「焼き芋のにおいがする。」
「そうだ、やきいもだ。やきいもパンだ!」
子どもたちは、やきいも、やきいもと言い出した。
「正解!今日は、みんなも知ってる、与志おばあちゃんが育てたサツマイモを使ったパンです。美味しいわよ!?」
「わーい!」
子どもたちは大声を上げて喜んだ。
「さあ、配るから列を作ってください!」
再び、保育園の先生が号令をかけると、みんな二列に並んで、パンを受け取った。いつもなら、そのまま、部屋に入って自分の椅子でパンを食べるのだが、今日は少し様子が違った。
パンを受け取った子から順番に哲夫と加奈の前に並び始めた。
園児全員がきれいに並び終わると、先生が「はい、どうぞ。」と合図した。
すると、
「てつおさん、かなさん、いつも、いつも、おいしいパンを、ありがとう。これからもずっとげんきでいてください。いただきます。」
と一斉に声を揃えて、言ったのだった。
哲夫が休んでいた間に、きっと園児たちは淋しかったに違いない。保育園の先生が子どもたちの気持ちを受け止め、感謝の気持ちを伝えればきっと元気になるからと園児たちに話し、園児たちも一生懸命に練習をしたのだろう。
「こちらこそ・・ありがとう・・本当に、ありがとう。・・これからもパンを作るね。・・」
哲夫はもう顔をぐしゃぐしゃにして涙を流していた。加奈も、哲夫の後ろで涙を流していた。


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