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1‐1 初動 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「神林病院屋上から、転落事故発生。警ら中の各車は、現場に急行されたし。」
遅い昼食を終えて、橋川市内を巡回に出たばかりだった矢澤一樹は、赤色灯のスイッチを入れ、ハンドルを切った。
「ねえ、神林病院だって・・」
助手席にいた紀藤亜美が少し複雑な表情で一樹に言った。
「ああ・・そうだな・・・。」
一樹も浮かぬ表情で車を走らせる。

矢澤一樹と紀藤亜美は、前回の事件の後に、刑事課へ配属されていた。鳥山課長は、一樹と亜美をパートナーに指名したが、一樹が拒んだため、森田刑事と亜美が組んでいたのだが、森田が、署長の娘である亜美に、気を使い過ぎて、捜査中に、何かとトラブルが起きたため、見かねて、一樹が亜美のパートナーに収まったという経緯があった。

病院に到着すると、パトカーが数台、すでに到着していた。落下場所と思しき場所には規制線のテープが張られていた。中では、鑑識の川越が、鑑識課員を指揮して、落下現場の周囲の遺留物などの採取を行っていて、矢沢たちの到着に気づいたようだった。
「どうですか?」
一樹が白い手袋を付けながら訊いた。
「現場はこの上です。」
川越はそう言って、病院の建物の屋上を見上げた。屋上にも、何人かの鑑識課員が動いている。一樹と亜美は、川越とともに、病院の玄関に向かった。玄関を入ると、鳥山課長と松山刑事が、新道レイに事情聴取をしていた。あの事件以来、亜美はレイと姉妹同然に付き合っていた。ただ、あの事件の事は、あれ以来、お互いに口にしないようにしていた。一樹も時々亜美に呼び出されて食事をする程度の付き合いはあった。
「レイさん!」
亜美が声を掛けた。レイは困惑した表情だった。レイは、神林病院の再建のために、病院長に就任していた。
「おお、紀藤、矢沢、早かったな。」
鳥山がそう言うとほぼ同時に、一樹が口を開いた。
「事故ですか?事件ですか?」
「いや・・まだ、特定はできない。自殺のようでもあるし・・・。」
鳥山の答えは歯切れが悪かった。
「レイさん、大丈夫?」
亜美はレイに駆け寄ると労わるように言った。
「ええ・・大丈夫です。ただ・・患者さんが自殺されたなんて・・・。」
あの事件からほぼ二年。神林病院はいったん閉鎖されていたが、一年前に新道レイが院長に就任し、医師や看護師等も新しく雇用し、再出発をしたのだった。世間からの信用もようやく回復しつつあるところでの、今回の事故は余りにも大きい痛手だった。レイの目にはうっすら涙さえ浮かんでいる。
「ちゃんと調べるから・・」
亜美はそう言って、レイの手を握りしめた。すぐに、一樹と亜美は屋上へ向かった。屋上には先に川越がついていて、現場の状況を再確認しているようだった。
「現場は、あそこです。二メートルほどの柵を乗り越えて落下したと推定されます。それと、柵の下にはこれがありました。」
そう言って、ビニール袋に包まれた紙片を差し出した。
『罪を清算するために、死を選びます。』
短い文章が印刷されていた。
「遺書・・ですか?」
「内容からみるとそうですが、何しろ、プリンターの印刷文ですから、本人のものかどうかは鑑定してみないと、なんとも言えませんね。」
一樹は、川越の話を聞きながら周囲を見回した。
「あそこに、監視カメラがついているな。」
屋上への出入口の上に、小さなカメラが設置してあった。出入り口付近からちょうど柵を乗り越えた現場辺りにフォーカスがあるように見えた。そう言っているところへ、鳥山課長と松山がレイとともに屋上に姿を見せた。
「落下したのは、三日前から入院していた佐原健一氏。市内にある人材派遣会社ビズハッピイの代表です。検査のための入院だったようです。二ヶ月ほど前に人間ドックを受けて、再検査が必要とのことで、入院したらしいんです。」
松山が手帳を見ながら、一樹と亜美に報告した。
「先ほど、屋上の監視カメラ映像を確認したが、本人以外の人物は写っていないようだ。出入口から真っ直ぐ、柵をよじ登り、落下していたよ。自殺で間違いなさそうだ。ただ、なあ・・。」
鳥山課長がそこまで言って、ちょっと言葉に困った表情を見せた。
「なんです?」
一樹が察して訊いた。
「いや・・自殺を考えている人間が、人間ドックを受けるかな?・・」
鳥山課長は頭をかきながら言った。
「レイさん、佐原氏の再検査というは、例えば、癌とかそういう類の検査なの?」
すぐに亜美がレイに訊ねた。
「いえ・・すぐに人間ドックの結果を確認しましたが、重大な病気の予見はありませんでした。再検査も、胃にポリープが見つかったので、念のためにポリープを切除して検査するものでした。まだ、結果は出ていませんが、悪性ではないだろうと担当医から聞いています。」
レイは冷静に答えた。
「じゃあ、病気が原因で自殺という線は無いな。やっぱり、別の理由ってことか。」
一樹が独り言のように言った。
「矢澤と紀藤は、奥さんに話しを聞いてきてくれ。この病院の地下にある、遺体安置所にいらっしゃるはずだ。ご遺体は一旦、司法解剖する事になるから、その事も話してくれ。我々は、新道院長に、もう少し患者に関する情報を聞いてから戻る。」

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