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1‐2 遺族 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

一樹と亜美は、地下の遺体安置室に向かった。
地下に入ったところで、すぐに、泣き声が聞こえてきた。ドアを開けると、三十半ばの細身の女性が、白い布に包まれた遺体に縋りつき、身を捩らせて泣いている。
佐原の妻、恵子がまるで子供の様に、わあわあと大きく響く泣き声を上げているのだった。立ち会っていた警官もあまりの様子に直視できず、じっと天井を見上げる始末だった。
「まだ、話を聞ける状態じゃないな・・。」
一樹は小さくつぶやき、亜美を連れて、遺体安置室を出た。
二人は一旦、玄関ロビーに戻った。
外来の診察時間はすでに終えていて、ロビーの人影はまばらだった。椅子に座り、しばらくぼんやりをしていると、不意に亜美が口を開いた。
「本当に、自殺なのかしら?」
「ああ・・これまでの状況で言えば、ほぼ、自殺だろうな。」
「でも・・何か変よね。」
「ああ・・変だな。でも殺しとは言えない。」
待っている間に、亜美はスマートホンで佐原の会社について検索した。

明るい笑顔の若い女性が二人、手を広げた写真がトップページを飾っている。『親身になってお仕事探します。』なんだかありきたりの文章が並んでいる。ただ、派遣先の会社の声の掲示板があり、そこを見ると、佐原社長が熱心に会社回りをして、必要な人材を発掘して派遣している事への感謝の言葉が数多く見られた。また、登録していた派遣社員も、「正社員になれました」と喜びの声を多数寄せている。業績も数年前までは厳しいようだったが、このところ改善しているのも判った。

「それほど、おかしな会社じゃなさそうね。」
亜美は、一応、納得した様子だった。
「会社関係というより、個人的な問題なのかしら?」
「だったら、なおさら、自殺なんて変だな。」
亜美の独り言を聞いていた一樹が口を挟んだ。
「あら、聞いてたの?そうね、個人的な悩みがあって、死のうなんて考えている人が検査に来るなんて・・。」
「だが、確かに、自殺せざるを得ない理由はあったんだろう。」
二人は、会話しながらも、あの奥さんにどう切り出せばよいか、考えていた。

三十分ほどして、再び、遺体安置室に行くと、憔悴し切った表情の奥さんが、ドアの外の長いすに座っていた。視線はまだ定まって無いようだった。
「あの・・橋川署の矢澤と申します。佐原健一さんの奥様、恵子さんですね?」
一樹が警察手帳を見せながらそう名乗ったが、奥さんは、死人のように青ざめた表情のまま、反応しなかった。
「奥様、この度は・・・。」
亜美がそう言いかけた時、急に奥さんがキッと目を開き、二人に強いまなざしを向けた。そして、吐き出すように、「殺されたんです。」と言った。
「殺されたなんて・・。」と亜美が驚いて言った。
「何か思いあたることがあるんですか?誰かに恨まれていたとか、脅されていたとか・・」
一樹が尋ねた。
「あの人が恨まれるなんて・・・そんな人じゃありません。すごく、・・すごく優しい人です。自分よりほかの人の事を真っ先に考えるような・・そんな人が恨まれるなんて・・」
佐原恵子はそう言うと、ふたたび、「わあ」と泣き始めた。
「何か悩みとか、会社が行き詰っているとか・・。」
亜美の問いに、恵子は泣きながら、首を横に振った。
「どんなことでもいいんです。最近、何か様子がおかしいことはなかったですか?」
再び亜美が質問したが、同じように、首を横に振るばかりだった。
「判りました。・・念のため、ご主人のご遺体を司法解剖させていただきますが、宜しいですね。きちんと事件を調べるためです。ご協力ください。」
一樹は、低い声でゆっくりと話した。
泣きながら、恵子はこくりと頷いた。
長椅子に座る恵子の脇に、亜美は座り、そっと背中を摩った。しばらくすると、警察官が数人現れて、遺体を運び出していった。
「ご自宅までお送りしましょう。」
一樹はそう言うと、亜美とともに、佐原氏の自宅へ向かった。車中では、佐原恵子はすっかり生気を失った表情で流れる景色をぼんやりとみていた。
「本当に・・優しい人なんです。・・子どもの事も可愛がっていて・・・二人目ができた事も、随分喜んでくれて・・・退院したら、しばらく、仕事を休んで、旅行にも行こうって・・・。」
呟くように、奥さんは話した。一樹も亜美も、じっと話を聞いていた。奥さんの話を聞くにつれ、なぜ自殺したのか、本当に自殺だったのかと考えるようになっていた。
自宅は、市街地から少し離れた新興住宅地で「泉ニュータウン」と呼ばれる中にあった。その中でも、佐原の家はもっとも高台にあり、周囲より一回り広い敷地で、大きな屋敷だった。
家に到着すると、佐原恵子はゆっくりと車を降り、深々とお辞儀をし、何も言わず、家の中に入って行った。家の中からは、子どもの声と大人数人の声が小さく聞こえた。
「署に戻ろうか。」
一樹はそう言うと車を走らせた。

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