SSブログ

1-3 事件の概要 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

二人が署に戻ると、すでに、刑事課の会議室には、鳥山課長以下、いつものメンバーが集まっていて、ホワイトボードに写真やメモが貼られ、この転落事故の概要がまとめられていた。
「よし、みんな集まったな。じゃあ、会議を始めるぞ。・・概略を松山がまとめて、報告してくれ。」
鳥山課長が言うと、松山は、ホワイトボードの前に立ち、概要を説明し始めた。
「事故発生は、六月二十日、午後一時三十分ごろ。入院患者の転落事故です。死亡したのは、佐原健一氏四十六歳。人材派遣会社ビズハッピイの社長です。家族は、妻、佳子三十二歳、長女 里香 三歳。それと、奥さんは第二子を妊娠中とのことでした。現場は、神林病院。屋上設置の監視カメラ映像から、佐原氏本人が屋上の柵を乗り越え落下し死亡。第一発見者は、本日、外来受診にきた方で、目の前に人が落ちてきたとのことで、かなり精神的なショックを受けられた模様で、現在、神林病院に入院されています。屋上には、自殺を示すような文章の印刷された紙が置かれていました。状況から、自殺と断定してよいと思います。」
「ありがとう。鑑識課から報告は?」
鳥山の言葉で、鑑識課の川越がゆっくりと立ち上がった。
「死亡原因は落下による全身打撲によるショック死と判断されます。監視カメラ映像からは、周囲の不審人物は発見されませんでしたので、自ら落下した、いわゆる投身自殺と考えるのが一般的でしょう。」
「あの遺書もあったわけだし、自殺という事で良いのではないでしょうか?」
松山が言うと、川越が否定的な言い方をする。
「いえ、自殺と断定するのはどうでしょうか?」
「えっ?さっき、投身自殺と考えるのが一般的だと言ったじゃないですか?
松山が驚いた表情で川越に訊き返した。
「確かに、映像証拠と現場状況だけなら自殺と断定できると思います。しかし、一つだけ気にかかる事があります。あの・・現場で見つかった遺書が・・どうにも・・・」
川越は少し、悩みながら歯切れの悪い言い方をした。
「そう、遺書があったんですよね。だから、自殺なんでしょう?」
松山は再び川越に訊いた。
「どうしたんだ?川越、何が引っ掛かっているんだ?」
鳥山課長も訊いた。
「あの遺書ですが・・・・監視カメラには写っていないんです。遺書は、自殺の場所もしくは居室に残されている事が多いのですが、今回、遺書が見つかったのは屋上の投身現場から少し離れた場所だったんです。」
「そこに置いてから、身を投げたという事じゃないのか?」
鳥山が訊く。
「カメラの映像では、佐原氏は、屋上のドアを開け、まっすぐ柵まで進んで、迷いなくよじ登って身を投げているんです。遺書を置くような時間的な余裕がないんです。」
「指紋はどうだ?」
「本人の指紋はありました。」
「それなら、本人が残したという事なんじゃないか?」
「ええ・・でも、遺書のあった場所はカメラの死角になっていて、例えば、誰かがそこに置く事も可能なのです。」
「しかし、事件にするには、余りに甘い推察だな・・。」
鳥山は考え込んだ。
「課長、・・課長も現場で、自殺とは考えにくいとおっしゃっていましたよね。自殺する人が人間ドックを受けるのかって・・奥さんにも話を伺いましたが、全く原因が判らないようでした。・・それに、奥さん二人目を妊娠中なんでしょ?・・そんな人がいきなり自殺するでしょうか?」
亜美が少し強い口調で鳥山に言った。
「誰かに自殺を強要された、あるいは自殺をせざるを得ないような秘密を掴まれたとか、そういう見立てになるということか・・・。」
一樹が鳥山に代わって答えた。
「そう・・きっと誰かに脅されて・・自殺したのよ。」
亜美がそう言うと、居並ぶ面々が意気消沈したような表情を浮かべている。
「どうしたの?・・脅した相手を見つければいいんでしょ?どうしたの?」
しばらく、皆、口を開かなかった。
「ねえ、どうしたのよ!」
亜美が皆を見て訊く。一樹が鳥山課長を見て、何かを確認するような表情を見せた。そして、亜美に向いて口を開いた。
「ああ、お前の見立てが正しいんだろうな。自殺教唆罪、あるいは、自殺幇助罪、同意殺人罪に該当する事件の可能性はあるだろう。だがな、それを証明するのは並大抵の事じゃないんだよ。」
「どうして?」
亜美の質問に、鳥山が答える。
「自殺を迫った確固たる証拠を見つける必要があるんだ。何しろ、強要された本人はすでに死亡しているんだ。だから、まず、自殺強要の可能性のある人物を探し出すことから始めなくちゃいかん。そのためには、自殺した本人が自殺をせざるを得ないような疾しい過去を持っているかも調べる必要がある。ひょっとしたら、佐原さんを信じている奥さんにはとても辛い真実を知らせる事にもなりかねないんだ。・・奥さんやお子さんを守るために、自殺をしたとして、その真実を暴き出すことで、結果的に奥さんやお子さんを守れなくなるという事なんだよ。」
「真実を全て暴く事が警察の仕事かどうかという事ですね。」
鑑識の川越が付け加えるように言った。今度は、亜美も口を噤んだ。
「結果を考えて、このまま自殺で処理する方が良い・・・とはならないでしょう。」
一樹が口を開く。
「それじゃあ、佐原さんを死に追いやった犯人は無罪放免、何も傷づかず、目的を達成する事になる。犯人の御先棒を担ぐのは警察の仕事じゃない!調べましょう。出来る限り。」
一樹の言葉で、鳥山も覚悟を決めたようだった。
「よし、出来るだけ周辺の情報を丁寧に調べよう。奥さんへの報告は全てが判明してからにする。それまでは一言でも情報が漏れないよう、注意するんだ。」
今回の事件は、自殺教唆罪の疑いがあると署長にも報告された。紀藤からはくれぐれも慎重にとの指示が出され、捜査が始まったのだった。

nice!(2)  コメント(0) 

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント