SSブログ

1-17 連れの男 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

ちょうど、義彦が、空いた皿を片付け、食後のコーヒーを運んできた。
「なんだか、珍しく、難しい顔してるな。」
「ああ・・」
一樹はそう答えると、コーヒーを啜った。
「なあ、お前ら、今、神林病院の事故を調べているんだろ?それなら、ちょっと気になることがあったんだが・・」
義彦が皿を厨房に運んだあと、再び、二人のテーブルまで来て言った。
「気になることって?」
亜美が訊く。
「確か、自殺したのは佐原さんだったよね。時々、うちにも来てくれていたからびっくりしたよ。」
義彦はそう言うと、店内を見回し、接客の必要はない事を確認して、椅子に座った。
「月に1回か2回くらい、仕事の都合か何かで、こっちに来た時に、ランチタイムで来るくらいだったんだが、・・ええっと・・あれはいつだったかな・・。」
義彦は、レジカウンターの奥にあるカレンダーを見ながら思い出すように言った。
「確か、ふた月ほど前だったなあ・・・珍しくディナーの時間、いやもっと遅かったな。そうそう、夜10時を過ぎた頃に来店したんだ。その時は一人じゃなかった。連れが居たんだ。」
「仕事関係で来るには遅い時間だな。」
一樹が訊く。
「ああ、そうだろ?男3人だった。一番奥の席で、何か聞かれたくない様な感じでぼそぼそと話してたんだ。」
「よく覚えていたな?」
一樹が言う。
「いや・・ぼそぼそ話していたんだが、急に言い争いになったみたいで、一人の男が立ちあがった拍子に、テーブルのグラスを落として割ったんだ。その音で俺もすぐにテーブルに行って片付けようとしたから。」
「一緒に居たのは誰だかわかるか?」
「一人は知ってる。ほら、豊城市の議員の・・ええっと・・」
「上村議員?」
亜美が言った。
「ああ、そうそう。そうだ。間違いない。駐車場に大きな黒塗りの外車が停まっていた。新聞で顔も見たことがあったから、間違いない。」
「もう一人は?」と一樹が訊く。
「初めて見る顔だったな。落ち着いた感じの、二人と同じくらいの年だろうな。」
「名前までは判らないか・・・。」
「ああ。すまないな。・・何しろ、ぼそぼそと話しているんでね。」
義彦はそういうと席を立ち、レジへ向かった。一組の客が帰る所だった。

「ねえ、佐原さんと上村議員、という事は、もう一人は下川医師じゃない?」
義彦が席を立ってすぐに、亜美が口を開く。
「ああ・・おそらくそうだろう。だが、決めつけてもいけない。ひょっとしたら、自殺に追い込んだ別の誰かという事も考えられる。」
一樹が亜美を落ち着かせるように言った。
「いずれにしても、この店で、佐原氏と上村氏ともう一人の男が、密談をしていた。内容は判らないが言い争いになるほどの中身だった事。そして、佐原氏が死んだ。上村議員ともう一人の男が佐原氏の死に何らかかかわっているのは間違い。」
再び義彦が戻ってきた。
「なあ、義彦、正確な日が覚えていないか?」
「いやあ・・そこまではなあ・・・何か、特別なことがあれば覚えているんだが・・・。」
「そうか・・また、何か思いだら連絡してくれ。」
一樹はそう言うと、席を立った。亜美も慌てて一樹の後を追うように店を出た。

「とにかく、佐原氏と上村氏は一緒に居たのは間違いない。ヴェルデで何を話したのか、そこに佐原氏の死の関係があるに違いない。すぐに、上村氏に話を聞きに行こう。」
一樹は車に乗り込むと、上村氏の自宅へ向かった。
亜美は助手席に座り、流れる風景を眺めながら、3人目の男の事を考えていた。
三人目の男が、下川医師であるとしたら、共通の秘密を持っていると考えられる。そして、それは死をもって償うほどの重大な罪ということであり、上村氏も下川医師も、佐原氏同様、自殺を思い悩むはずだった。上村氏にはまだほとんど面識がないため、様子は判らないが、下川医師とはすでに面識がある。聞き取りの時の様子も落ち着いていたし、佐原氏の自殺についても怯えるほどの様子も見えなかった。あの様子からは、やはり下川医師は無関係なのではないか。では、三人目の男は誰なのか?藤原女史の作成した名簿をもう一度検証する必要がある。亜美は、すぐに携帯電話で藤原女史に連絡を取った。
「藤原さん?ごめんなさいね、忙しい?」
『いえ・・大丈夫よ。』
亜美は、藤原女史にヴェルデで聞いた内容を伝えた。
『じゃあ。佐原氏と上村氏と関係の深い人間をもう一度ピックアップするのね?』
「ごめんなさいね。お願いします。」

一樹は運転席で亜美と藤原女史の会話を聞きながら、三人目の男が下川医師だとしたどうかと考えていた。
聞き取りをしたとき、全てを予見していたような対応だったし、敢えて秘密がない事をアピールする可能ような口ぶりだった。そして、今日、聞き取りをする予定だったことを承知で、姿を消したこと。上村氏が検査入院せず、帰ってしまった事と関係があるとしたら、佐原氏の死にも大いに関与している可能性が考えられた。直接的に手を下さなくても、誰かを使って自殺に追いやったという事も考えられる。
「とにかく、まず。上村氏に当たってみるしかないな。」
一樹はぼそっと呟いた。車は、橋川市から豊城市へ入ったところだった。

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント