SSブログ

1-16 ヴェルデにて [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

30分ほどが過ぎた頃だった。
「あの、橋川署の刑事さんですか?」
外来診療に居るナースの一人が声を掛けた。
「ええ・・そうですが。」
「下川先生からの伝言です。午後、東京で学会の予定があって早めに出かけられました。お話があるなら日を改めてとの事で、お帰りは3日後の予定とのことです。」
そのナースはそういうと、一樹たちの返答を待つわけでもなく、さっさと診察室へ入ってしまった。
「え?それってどういうこと?」
亜美は半ば呆れたように言った。
「そういう事だよ。」
一樹は予想していたかのような顔をして、立ちあがり、さっさと玄関へ向かって歩いて行った。
「もう、一樹、待ってよ。」

二人は、昼食のため、一樹の友人がやっているレストラン「ヴェルデ」に行くことにした。
神林病院からは少し離れていたが、一度考えを整理したかったため、敢えて、署に戻らないことにした。
「よう、一樹。久しぶり。忙しいか?」
店のドアを開けると、友人で店主の田原義彦が笑顔で出迎えた。
平日の昼時で、客はまばらだった。この店はディナーが主だったが、義彦が店を継いで、ランチタイムも営業するようになった。
「お前のところは相変わらず暇そうだな。」
一樹はそう言うと、窓の際の席に座り、外を見る。
眼下には海岸線が見える。
「ああ、これくらいでちょうどいいんだよ。亜美ちゃん、こんな奴と一緒じゃ大変だろ?」
水を運んできて、義彦が答えながら、亜美にウインクする。亜美は何となく笑顔で答えてみせた。
二人は、パスタを注文した。
一樹は、窓の外を見ながら、しきりに何かを考えているようだった。
亜美もしばらくは一樹と同じように、窓の外の海岸線を眺めていた。

「ねえ、これからどうするの?」
亜美がふいに口を開いた。
一樹は「ああ・・」とだけ返答をして、まだ、窓の外を見ている。
「上村議員に話を聞きに行く?きっと自宅に戻っているはずよね。」
一樹は返答もせず、まだ窓の外を見ていた。
「ねえ、どうするの?」
亜美が強い口調で訊いたところで、注文したパスタがテーブルに並べられた。
「とりあえず、腹ごしらえだな。」
一樹は亜美の質問には答えず、パスタを口に運ぶ。
亜美も仕方なく、パスタを食べ始めた。二人は沈黙のまま、パスタを食べ終わった。
ようやく、一樹が口を開いた。
「頭の中で、最初からもう一度整理していたんだよ。あの事故がどうにも不自然でね。」
「何が不自然なの?」
「状況的には自殺と断定されても不思議じゃない。でも、少しずつ違和感を感じるんだ。遺書だって意味深だし、映像記録だって完全じゃない。それに、ルイさんは思念波を感じたっていうし・・・。」
「だから、捜査を続けてるんでしょ?」
「ああ、そうなんだ。だがな、仮に強い恨みを持つ者が居て、復讐のために自殺を迫ったとして、俺だったら完全に自殺だって思われるようにもっと工夫するよ。遺書だって、もっともらしい理由を書くだろう。うまく言えないが・・自殺だが事件なんだっていう風に判る様な痕跡を残そうとしているみたいに感じないか?」
「よく判らないわ。・・犯人は、知恵が回らないだけじゃないの?」
亜美は少し苛立ち気味に言った。
「そうかな?知恵が回らない人間が、人を自殺に追い込むようなことができるかな?いっそ、一思いに殺してしまった方が良いじゃないか。」
「じゃあ、自殺に見える殺人をわざわざ演じているという事?でも、そんな事して何の意味があるの?」
「そこなんだ。わざわざそんなことをする必要はないはずなんだが・・・。」
一樹はそう言うと、行き詰ってしまったように、再び、窓の外を見る。
「ルイさんの話だと、まだ恨みは消えていないだろうって・・という事は、まだ復讐すべき相手がいるという事でしょ?だったら、もっと完全に自殺に見せた方が良いはず。二人目を狙うためにもね。」
亜美も頭を整理しながら言った。
「そうなんだ。・・だから、よく判らないんだ。」
「本当に単なる自殺だとしたら?」
「いや、それはないだろう。これまでの調べでは、自殺につながる直接的な原因は見つからなかったし、奥さんだって自殺するはずはないって言ってたろ?それに、胃の中から出てきた、あの紙片だって・・何か、途轍もないものが隠れているようなんだが、何処をどう調べれば良いのか・・・。」
亜美はそこまで聞いて、同じように考え込んでしまった。

nice!(2)  コメント(0) 

nice! 2

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント