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1-19 上村氏の自殺 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「何なのよ、あの態度!バカにして!」
亜美は助手席に乗ってもすごい剣幕で当たり散らした。
「まあ、そんなに興奮するな。俺たちだって、管轄外の刑事が理由もなく現れて、目の前の事件を詮索されれば好い気はしないだろ?そんなもんさ。まあ、それ以上に、紀藤署長に対して何か不満でも持っているようにも感じたけどね。そういう小さい人間だって割り切るに限る。」
「でも・・・自殺じゃないでしょう。・・あの刑事、さっさと自殺として片付けてしまうに違いないわ。」
「それならそれで、こっちの事件をしっかり固めていけばいいじゃないか。仮に豊城署が自殺だと判断しても、こっちの事件との関連が明らかになれば、鼻を明かしてやることにもなるだろ。」
一樹は、そう言うと車のエンジンをかけた。
「どうするの?」
「しばらくは、秘書の安永から話を聞くことも難しいだろうから、一旦、署に戻って情報を整理しよう。ヴェルデでの3人の男の事も報告していないし、豊城署からの情報ももう少し入っているかもしれないから。」

もう日が傾いている。
上村氏の捜索は続いていたが、日没となると一層困難になるに違いなかった。

橋川署に戻った時には既に日没を過ぎていた。
鳥山課長、松山、森田、藤原女史と葉山は、刑事課の部屋に居た。
「おお。戻ったか・・・どうやら、上村氏は自殺したようだな・・。」
「ええ・・残念です。豊城署からは何か情報が入っていますか?」
一樹が鳥山に訊いた。
「ああ・・豊城署から怒りの電話が入ったよ。八木って奴に逢ったか?」
「ええ、自殺の現場で・・・。」
「ふん、そうか。あいつ、もともと、ここに居たんだが、駐在所の勤務態度が悪くてなあ。どうやら、刑事課を希望していたらしいんだが、ここじゃその芽がないからって転属を希望して豊城署に異動したんだ。それから、何だか、豊城署ではすぐに刑事課に配属になって、大きな顔をしているらしい。橋川署にコンプレックスを持っているんだろうな。・・あんな奴、相手にしなくていいからな。」
鳥山課長はそう言うと、1枚の書類を一樹たちに配った。
それには、上村氏の行方が判らなくなって、自殺現場を発見するまでの経緯や、遺書と思われる書き残しまで克明に記されていた。
「これは?」
亜美が尋ねる。
「ああ・・今の豊城署の署長は、もともと、ここの副署長だったんでね、紀藤署長がこっちの事件の事を連絡して、上村氏の自殺の件も併せて、合同捜査に当たる事になったんだ。それで、豊城署から詳細な情報が出たというわけだ。」
「じゃあ・・今頃、あの八木とかいう刑事、悔しがってるんじゃないかしらね。」
亜美が悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「おい、そんなこと、どうでもいいじゃないか。目の前の事件に集中しろ!」
一樹が窘めるように言った。

その書類によると、

上村氏は、随分と不機嫌な様子で、神林病院を出て、車中ではずっと押し黙ったままだった。安永秘書も、上村氏の機嫌が悪いのを見て、特に、会話もしなかった。
上村氏は帰宅すると、「しばらくひとりにしてくれ」と言ったきり、すぐに自室に入った。
ここまでは、安永秘書は確認していた。
その時、家人は誰もいなかったが、安永秘書も、私用があり、上村氏の自宅を1時間ほど離れていた。戻ってくると、上村氏の愛車が車庫にないことに気付き、すぐに携帯電話で連絡を取ろうとしたが、電源が入っておらず、行方はつかめない。
ちょうど、そこへ家政婦が戻ってきたため、二人で思い当たる所を手分けして探した。

安永秘書は、上村氏が立ち寄りそうなところを回ってみたが、発見できず、一旦、上村氏の自宅を戻ろうとして、豊城公園の前を通った時、上村氏の愛車が停まっているのを発見した。
周囲を探したところ、展望台の柵の近くで、上村氏の上着と遺書があるのを見つけ、すぐに豊城署へ通報したという事だった。
田舎町のため、昼間はほとんど人影がなく、これまでのところ、上村氏の目撃情報は全くなかった。そして、上村氏の遺体はまだ発見されていなかった。

「これは、ほとんど秘書の安永氏の供述のようですね。」
一樹が言う。
「ああ・・そうだ。だが、彼以外には、上村氏の行動を把握している者はいないようだ。神林病院に居た事さえ、家人も家政婦も知らなかったようだ。議員ともなれば、そういうものかもしれないが・・・。」
鳥山が答える。
「誰もいない隙に、家を出て自殺か・・目撃者もほぼ無し、状況だけが自殺を示している。」
一樹が言うと、それを聞いていた葉山が続ける。
「神林病院の自殺と似ていますね。それに、遺書ですが、この文面・・。」
その書類に記されていたのは、遺書の全文だった。

『罪を清算するために死を選びます。』

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