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2-14 海上にて [アスカケ外伝 第1部]

その頃、ヤスキは、十人程の水夫が乗り込んだ船を手配し、港から水路を抜け、沖へ向けて船を進めていた。
水路の出口は、「江口」と呼ばれ、そこから先には播磨の海が広がっている。
真っすぐに西へ船を進めると、明石へ向かう。そこから、南側には大きな砂州が広がっていて、住吉津、境津、石津と小さな漁村が続く。その先も転々と漁村があり、その先は紀伊の国へと繋がっている。
水夫の一人が訊く。
「ヤスキ様、どちらへ向かいましょう?」
ぐるりと見回しても、それらしき船の姿は見えない。
返答に困っていると、別の水夫が言った。
「中津海を通り、明石を抜けてくるなら、西辺りにいるでしょうが、兵を乗せた大船が来たのなら、アナトや吉備からすぐに知らせが届きましょう。すんなりと入って来れるはずはありません。」
「では、外海(そとうみ)から来たというのですか?」
ヤスキは驚いて訊いた。外海を回るというのは、この時代、大きな危険が伴うものだった。韓からは対馬を経由し、赤間の関に入り、穏やかな中津海が最も安全な航路だった。赤間の関を通らずに難波まで来るには、、九重の南を回り、さらに土佐、阿波国から紀伊の水道へ入ることになる。外海は波も高く立ち寄る港も少ない。そこを越えて来るとすれば、かなり大きな船ということになる。
「おそらく、南、紀の外海を抜けて来たに違いありません。南へ向かいましょう。」
ヤスキは、すぐに船を南へ向けた。
十人程の男が漕ぐ船は、驚くほどの速さで水面を進む。
水夫たちは櫓を漕ぎながら、周囲に目を凝らしているが、日中の照り付ける太陽の光が、波に乱反射して、思うように遠くを見ることができない。
砂州が終わる辺り、住吉津の沖まで来た時だった。
「ヤスキ様、小舟がこちらに向かってきます。」
船の先端に居た水夫が、前方を指差した。
「弁韓の兵か?」
ヤスキや人夫達は身を屈め、向かってくる小舟に目を凝らす。
「いや・・あれは・・確か、シルベが使っていた船のようだが・・」
別の水夫が呟く。
男が一人、必死に櫓を漕いでいる。しばらくすると、向かってくる小舟の縁から、ヤスが顔を見せた。ゆっくりと小舟はヤスキたちの船に近づいてくる。
「ヤス様!無事か!」とヤスキが叫ぶ。
「ヤスキ様!」と、ヤスが叫ぶ。
「はい、・・一刻もはやく、タケル様にお知らせしたい事があります。」
小舟は、ヤスキたちの船に繋がれ、急いで港に向かった。
港に着いたあと、水夫たちに礼を言い、二人は宮殿へ向かった。

大路を足早に歩きながら、ヤスはヤスキに経緯を話した。
「シンチュウの館の裏手から、異国の男たちが出たのを見て、私は後を追いました。」
シンチュウの館は、堀江の庄から難波津の宮殿に続く大路沿いの、西側の筋にあり、大路から奥に、長い屋敷が続いていて、一番奥に蔵が立っていた。
蔵の間の庭を抜けると、裏道に出る。その先には松林が広がり、それを抜けると砂州に辿り着ける。
「海岸に出ると、小舟が置いてあり、男たちは乗り込んで沖へ出ていきました。」
足早に宮殿に向かいながら、ヤスは経緯を話す。
「これ以上、追うのは無理と諦めていたところに、シルベ様がいらっしゃいました。」
「シルベ様が?」
「ええ・・シルベ様は、吉備の館の仕事をしながら、裏路地に潜む怪しき者たちを調べておられたようです。」
「怪しき者達?・・盗賊の類か?」
「そういう者も居たようですが・・それだけではないようです。国々の館に忍び込んでは、何やら調べて回っていたような様子だったと・・。それに、異国の言葉遣いだとも聞かれたそうで・・」
「異国・・やはり、シンチュウの仕業か?」
「ええ・・シルベ様もそう考えられたようで、あの時も、シンチュウの館の傍に身を潜めて見張っておられたようです。」
「何という事だ・・。」
ヤスキは、ヤスの話に驚くほかなかった。
「気づかれぬよう船を進め、境津の沖辺りまで行きました。その先に大船を見つけたのです。難波津では見た事もないような大船でした。見上げるほどの大きさで・・船縁には甲冑を身につけた兵らしき人影がたくさん見えました。赤い服を着た男は、その大船に乗り込んでいきました。」
「やはり・・そうか・・。周囲に他の船は?」
「いえ、大船一つだけのようでした。」
「それで、シルベ様はどうされた?」
「シルベ様は、大船に忍び込み、もし、戦となれば、船の中に火を放つと伝えてほしいと言われ、海に飛び込んで大船に向かわれました。遠目からですが、シルベ様が大船に上っていく姿を見ました。きっと、無事忍び込まれたはずです。」
「そうか・・」
「シルベ様は、命をかけるおつもりかもしれぬな・・。」
ヤスキはそう呟きながら宮殿に向かった。もう日が傾き始めていた。

小舟.jpg

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