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2-16 海を知る者 [アスカケ外伝 第1部]

翁は、カツヒコにここまでの話を手短に話す。カツヒコは頭を左右に傾げ、腕を組み、目を閉じて何か考えていた。そして、ゆっくりと目を開けると、摂津比古に真っすぐに向かい口を開いた。
「おそらく、外洋を超えてきた船となればかなりの大船。二日ほど前、仲間の一人が沖合をゆっくり進む大船を見たと話しておりました。恐らく、それに違いありません。今頃は、境津を超えた辺りに留まっているでしょう。その先は、流れが複雑で岩礁もある。そう容易く難波津には入れますまい。それに、石津から難波津にかけての海岸は、どこも、浅瀬の広がる場所ゆえ、大船は接岸できぬはず。小舟に乗り換える以外、陸に上がる方法はありません。」。」
カツヒコの言葉に、摂津比古は少し安堵した。
「ですが、いったん、沖合を北へ向かい、迂回する形で堀江に入る事はできます。そうなれば、一気に、難波津に攻め込むに違いありません。」
「では、如何すれば良い?」
摂津比古が訊く。
「沖合を回る船を止めるには、明石の水軍でも、容易ではありますまい。ならば、そのまま、水路まで入れてしまえば良いのです。」
と、カツヒコが言う。
「それでは、一気に攻め込まれるではないか!」
と、オオヨドヒコが反発するように言った。
「いえ、水路に引き込んで、そこで船を止めるのです。」とカツヒコが言う。
「船を止める?」
今度は、オオヨドヒコが不思議な顔でカツヒコに訊く。
「水路の入り口・・そう、江口辺りは、川と海の境にあたり、ああ、そうだ。三本松の辺りに、見た目よりずっと浅い場所があります。砂の下に岩礁が隠れていて、我ら漁師も気を付けねばならぬ場所です。おそらく、堀江の第二の水路の流れで、砂溜まりの場所が変わったのだと思います。」
とカツヒコ。
堀江の水路は、カケルが開削した後も、改良が続いていた。
作られた当時は、たった一つだった水路は、北側に二つ作られ、三筋の流れができていた。さらに水路同士をつなぐ横堀も作られていた。そうすることで、草香江の水位の調整が容易にできるようになった。また、第2の水路はより深く作られたため、かなりの大船も入れるほどにもなっていた。
「水路の水は、水門によって調整できます。大船が水路に入った頃合いを見て、徐々に水門を閉じるのです。次第に水嵩が低くなり、船底が付いて身動き取れなくなりましょう。動けなくなれば、どれほどの兵が乗っていようと関係ありません。船べりから矢を放つくらいでしょう。その周囲を小舟で取り囲み、火矢を射て、炎上させるのが良い。ちょうど今は、大潮。時を選べば容易い事。それならば、我らの兵は無傷で済みましょう。」
カツヒコの答えに、オオヨドヒコも摂津比古も驚いていた。
「だが・・いつ、攻め入ってくるかは判らぬ。待っているのもいかがなものか。」
そう言ったのは、港を纏める主タツヒコだった。
タツヒコは、人夫達を束ねるだけあって、血気盛んで、すぐにも攻めてしまおうという思いがありありと判った。
「確かに、タツヒコ殿の言う通り、時が経てば、我らの策も、敵の知る所となるであろう。そうなれば、意味がない。」
摂津比古が訊く。
「こちらから仕掛けてみてはいかがでしょう?」
オオヨドヒコは、ここぞ名誉挽回という思いで言った。
「沖合にいるのなら、我らも軍船で向かい、戦を仕掛けましょう。そして、すぐに港へ引き返し、追わせるように仕向けるのです。まあ、多少の犠牲はやむを得ないでしょうが・・。」
それを聞いて、摂津比古は苦虫をつぶしたような表情を見せ、言った。
「多少の犠牲とは何だ!兵とて人。命を軽んじてならぬ!」
それを聞いていて、タケルはどうにも黙って入れなくなり、声を上げた。
「あの・・宜しいでしょうか?」
居並ぶ男たちは、一斉に、大広間の隅に控えていたタケルの方を見た。
「おお、タケルか。」
摂津比古はそう言うと、タケルと近くに呼び寄せた。
居並ぶ男たちは、概ね、タケルの素性は知っている。摂政カケルと重ねてみている者も少なくない。
「今、ヤスキ殿が船を出し、弁韓の将軍の後を追っております。戦には敵の姿を見定めなければなりません。どれほどの船がいて、どれほどの兵がいるのか、攻め入ってくる船が我らの思う通り大船であれば、水路に足止めする策も良いでしょうが、仮に、小舟で入ってくるとなれば意味がありません。」
「なるほど・・。」
一同は納得した。
「今、暫く、敵の出方を探る必要があります。兵力とて、陸に上がれば多人数である方に利はありますが、・・・堀江の庄に火を駆けられれば、我らの損失は甚大なものとなります。戦で命を落とす人も多く出ましょう。できれば、戦をせずに敵を退ける事が肝要。」
タケルの言葉に、摂政カケルとともに、大和平定に尽力した者達は懐かしささえ感じているようだった。

河口岩礁.jpg
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