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2-19 偽の宴 [アスカケ外伝 第1部]

いよいよ、「偽の宴」を開く日を迎えた。
前日には、大和から、摂政カケルの一行も到着し、今回の策の一部始終を聞き、了解していた。大和から摂政到着の知らせはすぐにシンチュウの耳にも入り、案の定、シンチュウはサンポ将軍に使いを出した。沖を見張っていた漁師からも、僚船7艘が軍船と合流したことが知らされた。
サンポ将軍の船がゆっくりと動き始め、一旦、北へ向かった後、水路を目指して進んでくるのを、三本松の先で見張りに立っていた兵が、宮殿にも知らせてきた。
時を同じくして、宮殿では、祝宴が始まろうとしていた。
弁韓国の特使という待遇に、シンチュウは得意げになり、十人程の従者に、山ほどの貢物を持たせ、意気揚々と館を出た。
宮殿前の大極門には、着飾った衛士が並んでいる。衛士たちはシンチュウの姿を見ると、深々と頭を下げ、そのうちの一人が、シンチュウを宮中に案内した。
宮殿前の広場には、机と椅子が整然と並んでいる。忙しそうに、侍従や侍女が支度に追われている。宮殿の奥からは香しい料理の薫りも漂っていた。
シンチュウは、衛士の案内で大広間に通された。すでに、諸国の館主が並んでいる。
「シンチュウ殿は、弁韓国の特使であるゆえ、賓客でありますぞ。」
摂津比古はそう言って、自分の隣りの席に案内した。中央の座は空いている。
一段高い所にある御簾の中には、摂政カケルが座ることになっているのが判る。
シンチュウは、大広間を一回り見渡したあと、深々と頭を下げ着座した。
しかし、目の前には、まだ、料理が並んでいない。盃と酒壺だけが並んでいる。
「では、皇子タケル様の生まれ日の祝いを始める事に致しましょう。」
摂津比古は号令すると、皆、立ち上がり、盃を掲げる。
「おめでとうございます。」
シンチュウは、この情景を、大いに不審がった。中央の席が空いたまま、そして、皇子も摂政も姿がない。料理も並んでいない。しかし、居並ぶ者達は誰ひとりそのことを不審に思わず、宴を始めようとしている。
「摂津比古様、皇子様はいずこに居られるのでしょう。それに・・宴ならば料理も並ぶはず・・これはいったい・・」
シンチュウは、つい、口をついて訊いてしまった。
「ほう・・やはり、不思議に思われますか・・。」
摂津比古はニヤリと笑った。そして、そっと手を上げる。
すると、大広間の脇の小部屋から、甲冑に身を包んだ衛士数人が、剣を構えて、一気にシンチュウを取り囲んだ。
「これは・・どういうことか!」
シンチュウは叫ぶ。その声に、衛士がシンチュウの腕を掴み、その場にねじ伏せた。
「弁韓国の特使にこの仕打ち・・いかなることか説明願いたい!」
床に這いつくばった状態で、シンチュウが叫ぶ。
「訳を知りたいと・・ならば、教えてやろう。其方は、弁韓国の王の使いとして、難波津に来た。弁韓国とヤマトとの友好のためと言っておったな。だが、そなたは、難波津の内情を探り、水軍を引き入れ、難波津に戦を仕掛けようとしておるではないか!」
摂津比古は、這いつくばるシンチュウに吐き捨てるように言った。
「何を根拠にそのような事を仰います。わたしは、ヤマトと弁韓の友好と発展のため、只々、真面目に、難波津で商売をしておりました。決して、そのような事は・・・。」
シンチュウは、事態を理解したのか、先ほどとは打って変わって、低姿勢で答える。
「そのような真似はしておらぬというのか?・・ならば、あの者をここへ!」
摂津比古が命じると、荒縄で縛られた男を引き連れて、ヤスキが入ってきた。
ヤスキは、宴に出かけるシンチュウを確認した後、兵士たちとともに、シンチュウの館に攻め入り、館に残っていた者達を捕らえていた。そして、その後、港に留めてあるシンチュウの船も一気に襲い、中に囚われていた辰韓の人たちを救出していた。ウンファンやジウは、救出された辰韓の人たちを、薬事所へ連れていったのだった。
シンチュウの館には、先日、軍船に向かった使いの男がいて、すぐに捕まえ、こうして、引き出してきたのだった。
「この者は、先日、お前の館を出て、沖に停泊している軍船に入っていった者。私がこの目で見ております。これが動かぬ証拠。」
ヤスキは、男をシンチュウの脇に這いつくばらせた。
「知らぬ・・その様な者は知らぬ!」
シンチュウは認めようとしない。
「ならば、お前の館の蔵にいた辰韓の人達はどうか!皆、戦の捕虜となった者だった。その者達が言うには、もうすぐ、弁韓の水軍が難波津を攻める。戦が始まったら、大路に火をつけて回れと命じられていたようだが・・。」
ヤスキは、シンチュウに強く訊いた。それを聞いて、シンチュウは開き直った。
床から体を話し、胡坐をかいて座った。
「ふん・・そこまで知られているなら、仕方ない。・・そうだ、もうすぐサンポ様の水軍が攻め入る。大軍ゆえ、難波津等ひとたまりもなかろう。まあ、良い。今、ここで捕まったとしても、いずれ、お前たちはサンポ様の前に跪くに違いない。・・・諍いの無い安寧の世で戦も忘れた者達など、恐れるものではない。兵など居らぬではないか!」
シンチュウは、厭らしい笑みを浮かべて言った。
「ほう・・そなたにはそう見えているのか・・。」
摂津比古は、シンチュウを見て笑みを浮かべた。
「一つ教えてやろう。すでに、江口には千を超える兵が構えて居る。また、播磨沖には、五十を超える水軍が集まっておる。ヤマトを甘く見ておるのはどちらかな?」
それを聞いて、シンチュウは青ざめた。
「さあ、こやつを地下牢に閉じ込めておけ!」

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