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2-20 水路に二人 [アスカケ外伝 第1部]

偽の宴が始まったころ、タケルは舟に乗っていた。
舟には、摂政であり父でもあるカケルも乗っている。そして、大和国からモリヒコも同行していて、一緒に乗っていた。
船はゆっくりと大水門を通り、開削水路に入る。タケルは考えた策通りに事が運ぶか、不安で落ち着かず、絶えず、周囲を見回していた。大水門の上には、草香江の翁やイワヒコ達が、船が行くのを見送る。水路には、大水門の他に横堀の水門が幾つもあって、それぞれの水門にはすでに数人の男たちが閉める手はずを整えていた。まだ、水位はそのままだった。
「此度は、良く働いたようですね。」
摂政カケルが、タケルに言った。不意に言われて、タケルは驚いてカケルの顔を見た。
「難波津宮、堀江の庄の方々にしっかりと話を聞き、小さなことにも目を配り、懸命に働いていたと摂津比古殿から聞きました。此度の事もより早くに察知したのも、大いなる手柄です。誇りに思います。」
父に褒められたのは久しぶりで、タケルは思わず涙を溢しそうになったのをなんとか止め、言葉に詰まりながら答える。
「ありがとうございます。」
「タケル、この戦、どう思う?」
船の中央に座っていた、摂政カケルが、真剣な眼差しで、前方を見据えながら訊いた。
タケルは少し考えてから答えた。
「我らの策通りに事が運ぶとは言えません。軍船のほかに、伴船もおります。伴船が先に入ってくれば、水位を下げても、水路の奥まで入り込まれてしまいます。そうなると、堀江の庄が危うくなるでしょう。」
「では、どうする?」
「伴船を沖に留める策が必要ですが・・。」
「そうだな。」
「明石からの援軍はまだでしょうか?」とタケル。
「播磨の沖にはすでに到達しているはずだが。それよりもあれを見るがいい。」
そう言って、摂政カケルは前方を指さした。目を凝らして視ると、横堀から数隻の軍船が沖へ向けて進んでいた。
「ここ、難波津には、この大水路とは別に北水路と中水路がある。実は、このような事態に備え、十隻ほどの軍船が置かれているのだ。昨日より支度をさせておいた。これより、沖の水軍に向けて進軍する。」
遥か前方を進む船は、いずれも小さく、兵も十人程にすぎないものだった。
摂政タケルは続ける。
「もちろん、そこで戦をするわけではない。あの軍船はそれほど大きくはない。まともにやり合えば、敗けるであろう。ただし、いずれの船も動きが早い。それで、伴船を引き付ける。敵の軍船がどれほどのものかは判らぬが、大船は動きが鈍い。懸命な武将であれば、小さな軍船は伴船に追わせるに違いない。」
タケルは、摂政カケルが今回の策の不足を補い、さらにその先を考えている事に驚いた。
タケルたちの乗った船がようやく水路の中ほどに着いた頃、向かいから小舟が一艘やってきた。
「敵の水軍の姿が見えました。」
小舟に乗った兵士は、声のかぎりに叫んだ。
「さあ、タケル様、いよいよ号令の時です。」
乗り合わせていたモリヒコが、タケルに促す。
タケルは弓を構え、強く空に放つ。甲高い音を立て矢が空に向けて飛んでいく。
甲高い音は、水面に反射し、堀江の庄に響き渡り、その音は、宮殿にも届いた。
「摂津比古様、号令の合図が聞こえました!」
大極門にいた衛士の一人が大広間に駆け込んできた。
「いよいよか・・。よし、こちらも始めるとするか。」
摂津比古はそう言うと、衣を脱ぐ。下には甲冑を身につけていた。そして、大広間を出ると、大極門に向かった。
大極門の前の広場には、一軍の兵士が並んでいる。
「皆の者、いよいよ決戦の時である。我らは、これより堀江の庄へ出て、守りを固める。よいな、むやみに動いてはならぬ。なあに、我らのところまで兵が来ることなどない。だが、万一のことがある。しっかり務めを果たすのだ!」
摂津比古は、そう号令し、進軍を始めた。大路には、摂津比古を先頭に、甲冑に身を包んだ男たちが進んでいく。そのなかに、ヤスキの姿もあった。
一方、江口の葦の中に身を潜めていた兵たちも、タケルの合図を聞き、色めきだった。
軍を指揮するのはオオヨドヒコである。
「さあ、支度を急げ。軍船が入ってきたら矢を射かけるのだ。届かなくても良い。軍船を、河之瀬辺りに誘い込むのだ。良いな!」
葦の中に身を潜めていた兵たちは、弓を持ち、水路の縁に整列した。目の前を小さな軍船が通り過ぎていく。それぞれに船に乗った兵たちが、岸辺に整列した兵たちに、手を振って合図を合図する。
時を同じくして、難波津宮から、狼煙が上がった。播磨の沖に控える西国から集結した水軍への合図だった。
「難波津から狼煙が上がっております!」
明石のオオヒコが乗っている軍船にも、合図が知らされた。
「よし、我らも船を進める。さあ、出航じゃ!」
数十隻の西国の軍船が、難波津の沖へ向けて動き始めた。

河口.jpg
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