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2-22 決戦前 [アスカケ外伝 第1部]

堀江の庄の岸辺から、戦況を見ていた摂津比古は、軍船の放つ投石の威力が予想以上だったため、このままでは、水路の水位が下がり切る前に、奥深く入られることを恐れた。
「急ぎ、蔵に行き、例の物を引き出してくるのだ!」
傍にいた兵士たちが、難波津宮の蔵へ急いだ。しばらくすると、大綱で繋がれた「弩」が大路から堀江の岸辺まで引き出された。
「これを三本松まで引いていくのだ!」
摂津比古が号令する。堀江の庄にいた兵たち全員で「弩」を引いていく。
「弩」とは、大弓の事である。昔、カケルが九重・筑紫野の戦で初めて目にした武器で、人が弾けぬほど大きな矢をはるか遠くまで飛ばせる威力を持っている。カケルの話を聞いた摂津比古が、大陸から来た者達を集め、細部まで調べ、万一の時のためにと作っておいたものだった。
摂津比古は、「弩」を、軍船からの石礫が届かぬ場所まで引き出した。その様子は、小舟にいる摂政カケルやタケルにも判った。
「弩を使う時が来たとは・・」
摂政カケルは不安げな表情で呟く。タケルは初めて目にする大型の武器に驚いていた。
引き出されてきた「弩」に、オオヨドヒコが数人の兵を連れて、駆けつけた。
「使い方は判るな!よいか、よく狙うのだ。船にある投石器のどこでも良い。大矢が突き刺されば使い物にはならぬはず。焦らなくてよい。」
「はい。」
オオヨドヒコはそう返事をすると、ゆっくりと「弩」の向きを動かす。その間に、兵たちが、弓縄を引き絞り始めた。弩が、ギリギリと音を立てる。
「よし、今だ!」
オオヨドヒコは、ここぞとばかり、弓縄と引き縄のつなぎ目を剣で切った。
ブーンという低く唸るような音が響き、大矢が飛んでいく。皆、矢の行方を固唾を飲んで見守る。ドンという鈍い音がした。同時に、軍船の中で騒ぎ声がする。暫くすると、投石器の腕柱がぶらりんと持ち上がり、自らの重みで船縁をドンと叩くと、海面に落ちて行った。
「おー!」
難波津の兵の中から歓声が上がった。
弩の大矢が命中したようだった。
「これで、石礫はもうふって来ぬぞ!」
オオヨドヒコは得意げに叫ぶ。それを聞いて、葦の中に隠れていた兵たちが一斉に岸辺に立ち、初めの時同様、船に向けて矢を射かける。
一方、軍船の中は大騒ぎだった。予想もしていなかった反撃を受けただけではない。大矢が打ち込まれ、攻撃の要の投石器は大きく壊れ、さらに、打ち込まれた矢は甲板を突き破り、大穴を開けた。さらに、その拍子に、何人もの兵が命を落としたのだった。
船長室から戦況を見ていたサンポ将軍も、血相を変えて甲板に現れた。
「なんだ!?何が起こったのだ!」
目の前には、大穴と大破した投石機、それに血を流す兵たち。たった一本の矢の威力に驚いていた。
「船を止めよ!」
サンポ将軍は、これ以上、水路に留まるのは危険だと察知した。だが、あの大矢さえ凌げば勝機はある。サンポ将軍は、船縁から岸辺に置かれた武器を睨み付ける。
「弩・・か?・・一基だけのようだな。・・ならば、あれさえ封じればよいな・・。」
サンポ将軍は、甲板を見渡し、船の後部にあるもう一基の投石器を見つけた。
「よし、船を反転させよ。後部をあの岸辺に向けるのだ!」
号令とともに、軍船はゆっくりと回り始める。とはいえ、大型の軍船が反転するのは容易ではない。漕ぎ手と操舵手が必死になって操るが、大きく回りこむ形になる。すると、軍船は対岸に近づいていく。ここぞとばかり、対岸に潜んでいた兵たちが矢を射かける。揺れ動く軍船からは、対岸に向けて矢を射かけようにもどうにもならない。結局、軍船の兵たちの数人が射抜かれ命を落とすことになった。
さらに、船が反転をする間に、弩の支度は進み、次の大矢が放てる段階となっていた。
次に射手についたのは、ヤスキだった
「此度は、とにかく、大矢を船のどこでも良い。貫ければ良いのだ。さあ、構えよ。」
摂津比古が、ヤスキに言う。
「はい。」
ヤスキは、ゆっくりと弩の向きを変える。自らも弓を引く技術はある。は立たれた矢がどんな放物線を描くか、しっかりと考えた。
「もっと引いてください!」
ヤスキはが兵たちに叫ぶ。引き縄が先ほどよりさらに絞られていく。ギリギリと大きな音が響く。
「よし!今だ!」
ヤスキは、剣で引き縄を一気に切り離す。ブンという音が響き、今度は先程より高く矢が放たれた。大きな放物線を描き、人の大きさほどもある大矢が飛んでいく。
それをじっと見つめる兵たち。
ドーンという音が響く。今度の大矢は、船の後部の甲板を突き刺し、その衝撃で、船長室は跡形もなく壊れた。同時に、投石器も船長室の残骸に埋もれ使い物にならない状態となっていた。
「何という事だ!」
サンポ将軍は、”弩”の凄まじい威力を目の当たりにし、甲板の上に立ち尽くしていた。
「将軍、このままでは負けます。いったん、沖へ逃げましょう。」
傍にいたチョンソは、将軍の陰に隠れるようにして、震えながら言った。
弩B.jpg
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