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2-23 反撃の一手 [アスカケ外伝 第1部]

サンポ将軍の船に忍び込んでいたシルベは、船底の蔵の中にじっと身を潜めて時が来るのを待っていた。
船が動き始め、船内で兵たちが忙しく動き回り始めたのを見て、こっそりと蔵から出た。
蔵の出口で兵に出くわしたが、一撃で気絶させ、その塀の甲冑を盗み、すっかり、弁韓の兵になりすました。そして、船内の様子を探りながら歩いた。甲板上には多くの兵が武器を構えてじっと陸地の方を見ている。甲板の下、2段ほど下の層には漕ぎ手がいる。
シルベは静かに漕ぎ手の部屋を除く。兵が二人、鞭をもって漕ぎ手に命令していた。漕ぎ手を見ると、皆、虚ろな表情をしている。来ている服を見ると、どうも倭国の者のようだった。シルベは柱の影から、漕ぎ手の一人に声を掛ける。
「お前たちは、どこから連れて来られた?」
柱の影から不意に声を掛けられ、漕ぎ手の一人は驚いて声を上げそうになった。ちょうどその時、操舵手から号令が掛けられ、兵が大きな声で、何かを叫ぶ。その声にかき消された形になった。
「そのまま、聞け。私は、難波津からこの船に忍び込んだ、シルベと申す者。お前は倭国のものだな。名は?」
シルベは、兵の目を盗み、漕ぎ手の耳元近くに移って、そう告げた。
「私は、紀の国、和歌の浦のニトリ。ここにいる者は皆、紀の国の者、村が襲われ、捕らえられたのです。」
「必ずここから救い出す。時が来るまでの辛抱だ。兵に知られぬよう、皆に伝えてくれ。」
シルベはそう言うと、一旦、ニトリの傍を離れ、兵に紛れて甲板にでる。遥か前方に、難波津宮が見え、徐々にその姿が近づいてきた。江の口辺りまで来ると、両岸に難波津の兵が弓を構えているのが見えた。
「うむ、備えは済んでいたようだな。」
軍船はゆっくりと向きを変えた。前方に水路が続いている。そして、横堀から船がこちらに向かってくるのが見える。軍船の前方で、北と南の二手に分かれると、伴船がその後を追っていった。次に、両岸の兵たちが軍船に向けて矢を射かける。だが、到底届く距離ではない。開戦と判ったシルベは再び、二層下の漕ぎ手の部屋へ向かう。操舵手からの号令で、漕ぎ手は必死に櫂を漕いでいる。少しでも怠けると、見張りの兵が容赦なく鞭をふるう。柱の影からシルベはじっと隙を伺っていた。
「船を止めろ!」
操舵手からの号令がかかり、漕ぎ手たちは手を止める。ドンと大きな音がした。
シルベが、櫂の差込口の隙間から外を見ると、難波津の兵が足の中へ隠れようとしているのが見えた。投石器が使われたのだった。
「これでは・・敗ける。」
暫くの間、投石器で石礫が降らされた。岸辺に並んでいた兵はほとんど姿が見えなくなっていた。シルベは、何かできることはないかと考える。船に火を放つ事で一気に形勢逆転できるが、そうすれば、ここに囚われている者達の命も危うい。だが、このまま船が進めば、堀江の庄の人々の命が危うい。シルベは迷っていた。
その時だった。ドーンという音とともに、甲板の方で騒ぎが起きていた。数人の兵が海に投げ出されたのも見えた。
「主舵一杯、反転するのだ!」
操舵手から号令がかかる。漕ぎ手を見張る兵が鞭を鳴らして、漕ぎ手に命令する。船はゆっくりと回り始めた。しかし、次の瞬間、船尾の方でまた、ドーンという音がして、漕ぎ手のいる層の天井が崩れた。ぎしぎしと音がした後、船尾の板が次々と割れ落ちて、外が見えるほどの大穴になった。
シルベが周囲を見ると、見張りの兵が割れた板に挟まれて絶命しているのが判った。もう一人いた兵は床に転がって気絶している。
シルベは、すぐに兵の腰から、漕ぎ手の足枷の鎖の鍵を取り、外して回った。
「さあ、逃げるのだ。そこから海へ飛び込め。心配はいらない。岸辺まで泳ぎ着けば、ヤマト国の兵がいる。必ず、助けてくれる。さあ、頑張れ!」
シルベがそう言うと、ニトリが先頭に立って、割れた穴から身を乗り出した。
「大丈夫だ。飛び込むぞ!」
水飛沫が上がる。それを見ていた他の者も、次々に海へ飛び込んでいった。シルベは、皆が、逃げ去ったのを確認すると、船底の蔵へ向かった。
二つの大矢を受けた軍船の甲板では、予想もしていない事態に、兵のほとんどが茫然としていた。サンポ将軍も立ち尽くしたままだった。チョンソが「沖へ逃げましょう」と促し、ようやく、サンポ将軍は我に返った。
「一旦退却じゃ!さあ、船を進めよ!」
操舵手に命令する。しかし、操舵手は下を向いたまま。
「どうした!船を進めぬか!」と、サンポ将軍が操舵手に問い詰める。
「漕ぎ手が・・漕ぎ手が居りませぬ・・みな、逃げました・・。」と操舵手が答える。
「兵に漕がせれば良かろう!さあ、皆、命が惜しくば櫂を持て!さあ!」
サンポ将軍は、周囲にいた兵たちを殴りつける。
「何をしておる!さあ、船を進めよ!」
サンポ将軍は剣を抜き叫ぶ。だが、兵たちは動こうとはしない。サンポ将軍が言う、沖とはどこなのか。すでに、江の口には、西国の水軍の数十隻の軍船が並んでいる。伴船が既に捕らえられていた。漕ぎ手を失った軍船は、徐々に潮に流されていく。すると、船底からガリガリと鈍い音がした。同時に船が大きく傾き始めた。
「浅瀬に座礁しました。」
操舵手は、諦め声で言った。茫然として兵たちも、甲板上に立っていられないほど傾き、転がり、海へ投げ出される。サンポ将軍自身も、帆柱に綱をかけ、何とか捕まっているほどだった。もはや、勝敗は決していた。
古代船C.jpg
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