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2-24 戦の終わり [アスカケ外伝 第1部]

沖からは西国の水軍が更に近づき、恐れた兵たちは甲冑を脱ぎ捨てると、次々に海へ飛び込んでいく。軍船の上には、僅かな兵とサンポ将軍、チョンソらの僅かとなっている。
摂政カケルは船を軍船に近付けた。西国の水軍からも小舟が数隻近づいてきていた。
傾いた船の甲板が見える位置まで船を進めると、帆柱に身を括り付けた情けない恰好のサンポ将軍が見えた。
「私は、ヤマト国摂政カケルです。もはや、勝敗は決しました。降伏なされませ。」
その声に、サンポ将軍が答えた。
「何を言うか!我は弁韓の将軍サンポである。弁韓の王の代理として、友好を深めるために、難波津に来た。だが、いきなり矢を射かけられ、やむなく、戦となった次第。このままでは済まされぬぞ。」
敗戦の将でありながら、まだ悪あがきをしている。
「難波津を襲うために来たのではないと申されるか!」
カケルが問う。
「なぜ、戦を仕掛けねばならぬ。弁韓の特使、シンチュウに確かめられるが良かろう。」
水路に貼岸辺から摂津比古も船を出して軍船に近づいてきた。
「ほう、シンチュウ殿にか?先ほど、シンチュウはわが手に捕らえ、すでに牢獄の中。すべては、シンチュウから聞いておる。其方の申す友好とは、我が民を殺める事か!」
摂津比古は、怒りを込めて言った。
「シンチュウの戯言。いずれにせよ、このままでは済まされぬ。いずれ、我が大王が、弁韓から大軍をもってこのヤマトを攻めようぞ。さすれば、ひとたまりもあるまい。」
サンポ将軍は、自らの置かれた状況を知ろうともせず、嘯いている。
「弁韓の大王とはどなたのことだ?」
今度は、西国の水軍を率いてきたオオヒコが、やはり小舟に乗って近づいてきて、サンポ将軍に訊いた。
「それすら判らぬとは・・愚かな事。我が弁韓の王は、キスル大王である。辰韓や百済との戦に勝ち、今や、大陸の王と呼ばれておる御方じゃ。このヤマトなどすぐにも征伐してくれよう。」
帆柱に体を預けた不格好ななりのまま、サンポはまだ息がっていた。
「それは済まぬことをした。ただ、先日、アナト国からの使者が参って、弁韓国ではあまりの圧政に民が怒り内乱を起こし、大王が倒されたと伝えたところであったからな。確か、新しき王は、先の王の弟君ヒョンシク王と聞いたのだがな・・。」
オオヒコがすました顔で言った。
「何という戯言。キスル大王は良き王、圧政などとは・・。」
サンポ将軍はうろたえ始めた。
「戯言か・・まあ良いでしょう。宮殿にてじっくり話を聞きましょう。さあ、タケル、あの者を捕らえなさい。」
摂政カケルはそう言った後で、タケルの耳元で何かを囁いた。それを聞いて、タケルは驚き、父カケルの顔をしげしげと見つめる。カケルは、強く頷くと、タケルの背を軽く叩く。タケルは、剣を手にして目を閉じる。すると、幼い頃母に貰った勾玉の首飾りが光を放ち始め、タケルの体が一回り大きくなる。両腕は大人以上に太く毛深く、それはまさに獣のようであった。
タケルは深く体を屈めると、エイっと高く飛んだ。その身は、傾いた軍船の帆柱の先端に届き、そのまま、斜めになった帆柱の上を一気に駆け下る。そして、サンポ将軍の手前で剣を振り上げ、一気に振り下ろした。ガキンという鈍い音とともに、帆柱が根元から折れる。サンポが頼みとしていた帆柱に巻き付けた綱が千切れて、サンポは甲板に転がり、そのままの勢いで海へ投げ出された。その衝撃は、傍にいたヒョンテも同じだった。サンポ将軍より少し遅れて、甲板を転がり、海へ投げ出され、あろうことか、先に落ちたサンポ将軍の真上に落ちた。二人は海面でぶつかり、互いに気を失ったのだった。
一部始終を、江の口に居た皆が見ていた。
摂津比古も、オオヒコも、他のものも、若い頃のカケルとアスカを知る者達は、目の前で起きた事に、昔の出来事を重ねていた。
「あれは・・カケル様ではないのか?」「いや、あの光はアスカ様だ。」
皆、口々に言った。初めて目にする者は、神のごとき、恐れ多き事だと手を地面に着き、崇めた。
弩を放ったヤスキも、岸辺からその光景を見ていた。
ヤスキはその時、幼い頃の出来事を思い出していた。まだ、二人とも七つほどの幼子だった。野山で遊びまわる日々、山の急流を眺めていた時、目の前に大きな熊が現れた。ヤスキは腰を抜かし動けなくなってしまったが、タケルはじっと熊を睨んでいた。その熊は猟師に傷を負わされ強く興奮しているようだった。タケルに突進してくる。タケルは、身構えると体をぶるぶると震わせると背丈も体つきも倍以上に大きくなったように見えた。そして、熊を躱し、高く飛び上がると、熊の後ろに回り、熊の背を強く蹴った。熊はそのまま転がり急流へ落ちていった。あの時のタケルは別人だった。いや、人ではなく獣のように見えた。しかし、それは自分の思い違いだと思って来たが、先ほどの光景でタケルには常人にはない、特別な力がある事を思い知ったのだった。
「タケル、お前の力は知っていた。だが、これまでは封印してきたのだ。心ができる前に、特別な力を知れば、身を亡ぼすかもしれないからな。お前は充分に大きく育った。これからは、その力を良きことに使うのだ。」
軍船の上で、剣を構えたままのタケルに、カケルが声を掛ける。タケルは大きく息を吐き、いつもの姿に戻った。
海面で気を失っているサンポ将軍とヒョンテは、オオヒコの船に引き上げられ、荒縄を打たれたまま、宮殿に連れて行かれた。主を失った軍船は、荒縄で岸辺に繋がれた。逃げさした兵たちのほとんどが、捕らえられ、将軍と共に宮殿に連れて行かれた。

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