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2-26 特別な力 [アスカケ外伝 第1部]

宴が佳境に入る中、一通り皆から挨拶を受けた摂政カケルが、タケルの傍に来た。
「驚いているか。」と、カケルがタケルに訊いた。
それは、あの「特別な力」の事に他ならない。
「お前が幼い頃、あの力を持つ事を知り、私は大いに驚いた。あの力は私限りのものだと思っていたのだ。」
そういう、カケルの表情は少し悲しげだった。
「私も幼き頃、大人を驚かすほどの力で弓を弾き、その力を村の巫女に封印された。まだ、心ができておらぬ者には、害を為すものだと思われたようだ。・・だから、私もお前の力を封印してきた。常に心穏やかにしていれば、力を使う事はない。だからこそ、日々の安寧を求めてきたのだ。」
そこまで聞いて、ようやく、タケルは口を開いた。
「しかし、この力があったからこそ、邪馬台国の復興や、ヤマト平定が成し得たのではないのですか?」
それを聞いて、カケルは厳しい目をしてタケルを見た。
「いや、そうではない。ただ一人、特別な力を持っていても、それは出来ぬこと。いや、その力で人々を、国を治めようというのは、弁韓のキスル大王と同じ道を辿る。そうではいけないのだ。」
納得できない表情のタケルを見て、カケルは少し穏やかな口調で続けた。
「此度の戦こそ、それを教えてくれたはず。多くの者が、難波津を・・ヤマトを守ろうと考え、自らにできる事に注力した。それは、互いが互いを思いやり、大切にしたいと思うからこその事ではないか?特別な力に頼ろうとする者などいなかったであろう。だからこそ、犠牲を出さず、相手の命を奪う事もなく、戦を終えることができた。これこそが、国の安寧を作り出しているのだ。特別な力など、必要ないのだ。」
「では、なぜ、此度、封印を解かれたのでしょうか?」とタケルが訊く。
「その力を使うべき時を教えたかったのだ。・・多くの命が奪われようとする時、大事なものが失われようとする時、そういう時にこそ使うべきなのだ。」
カケルが答える。
タケルは、父カケルが言わんとする事がまだはっきりとは解っていなかった。
「まあ、良い。今は判らずとも、いずれ、時が来れば解かる。多くの者が此度の戦で、お目の力を知ったはずだ。だからこそ、それを頼りにしてくる者もいるだろう。よく見極めるのだ。そういう者は危ういぞ。」
カケルはそう言うと、タケルの肩を叩き、また、宴の席へ戻って行った。
タケルは、父の話を思い返しながら、ヤスキの姿を探すため、宴の席を歩いた。行き違う者が皆、タケルの姿を見ると、深々と頭を下げる。皇子と判ったからではなく、あの力を見たためだと、人々がこわばった表情を浮かべている事ではっきり感じることができる。特別な力を持つ事は、人々に恐怖を与えるのだと初めて気づいた。
港の人夫達の集まりの中に、ヤスキの姿があった。大きな身振りで得意げに話している。おそらく、大弓・弩を引いた時の事を話しているのだろう。聞いている人夫達も我が事のように喜んでいる。ヤチヨは、出来上がった料理を運びながら、料理の説明をしたり、産物自慢の話を聞いたりして、皆の中で活き活きとしている。満面の笑顔が眩しい。チハヤの姿は見えないが、きっと、薬事所でけが人の手当てに汗を流しているに違いない。
大和から共に来た仲間は、それぞれ自分の道を見つけたように思えて、何か寂しさを感じていた。
「タケル様!」
不意に声を掛けられた。シルベだった。敵の軍船から、多くの囚われ人を救った立役者だった。おそらく、その者達に囲まれていたに違いなかった。
「此度は、見事な勝利、おめでとうございます。貴方様には二度も命を救われました。誠にありがとうございます。」
シルベは傅いて、丁寧に礼を述べた。
「止めてください・・。あなたこそ、多くの命を救われたではないですか。敵の軍船に潜むなど・・素晴らしきお働き、感謝いたします。」
タケルはそう言うと、シルベの手を取って立たせた。
「いえ・・実は、皆を逃がしたあと、私は、あの軍船に火をつけるつもりで船底にいきました。ですが、急に、船が傾き、身動きできずにいたのです。船底に穴が明き海水が入り込んできていて、あのまま、戦が長引けば、きっと私は命が危うかった。…皆に訊きましたが、タケル様が、最後のあがきを続ける将軍を、船から引き下ろし、決着をつけられたとか・・おかげで、命拾いをしたのです。」
タケルは知らなかった。あの時、父カケルに言われ、サンポ将軍を引き下ろしたのは、ただ、戦の決着をつけるためだけだと思っていた。偶然なのか、父カケルはそこまで考えていたのか、判然とはしないが、予想しなかった事に少し心が軽くなったように感じた。
「私は、岸に戻り、薬事所に運ばれました。そこで、チハヤ様に怒られました。命を粗末にしてはいけないと・・。タケル様はきっと命を落とす人が無いように、策を考えていたはずだから、無謀な事はしてはいけないと言われました。」
「いえ・・私は・・そんな・・」
タケルは返答に困った。本当にそこまで考えていたか、自分でもよく判らなかった。
「あの時、船から逃れた者達が、タケル様にお会いしたいと申しておりました。良ければ、会ってやって貰えませんか?」
シルベは半ば強引に、タケルの手を取り皆の者へ連れて行った。紀之國から連れて来られた者たちは、薬事所で、手当てを受けた後、広場に来ていた。皆、タケルの顔を見ると歓声を上げ、誰もが、タケルに礼を言った。一方で、広場の隅に集められていた弁韓の兵たちは恨めしそうにタケルを見ていた。タケルは、相対する二つの視線を見て、戦は惨いものだと改めて感じていた。
狼.jpg

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