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2-27 ソヌ皇子 [アスカケ外伝 第1部]

翌朝、朝餉を終えたタケルたちのところへ、一人の若者が訪ねて来た。
館の門番が、けげんな顔をしながら取り次ぐ。
「タケル様、館の前に、ソヌとかいう者が参っておりますが、いかがしましょう?」
タケルは、その名を聞いて、驚いて戸口へ走った。
予想通り、ソヌ皇子であった。昨夜の装いとはうって変わって、粗末な麻服を纏っていた。そのため、館の門番は、皇子とは判らず、戸口で待たせてしまっていたのだった。
「どうされました?」
その質問は、身なりと朝早くの訪問の両方であった。
「いや・・昨夜は宴の席。思うように話も出来ずにいましたから。・・此度の戦、すべて、タケル様が導かれたと聞き、どのような人物かじっくり話がしたくて参りました。」
「ですが・・その衣服は・・」
「ああ、昨夜は国を代表するものとしてふさわしい服装をしただけ。日頃は、このように弁韓の民の服を着ております。この方が自分らしくいられるのです。」
ソヌの話に、タケルはどこか、父カケルと同じものを感じていた。
「タケル様、少し、難波津を案内してもらえませんか?・・弁韓国は、内乱は治まりましたが、至る所で戦の傷跡が残っており、これから新たな国づくりをしなければなりません。ヤマトでも最も栄えている難波津を知ることはきっと役立つと思うのです。」
ソヌの申し入れにタケルは快く応える事にした。
二人の会話を聞いていた、ヤスキとヤチヨ、チハヤも共に案内すると申し出た。もちろん、堀江の庄に詳しいヤスも同行することとなった。
「どこから参りましょうか?」
タケルが訊くと、ソヌが言った。
「薬事所というところがあると聞きました。様々な病気を治す素晴らしい所と聞き、是非、そちらを見てみたいのですが・・。」
それを聞いて、チハヤが飛び上がって喜んだ。
「是非、私に案内させてください。」
一行は、館を出て、薬事所に向かう。チハヤは一足先に薬事所に向かい、薬事所頭に話をし、中を案内する許可を得た。
薬事所への道すがら、タケルは尋ねる。
「ソヌ様、一つお聞きしたい。あなたは、大和言葉を流暢に話されるが、どこで覚えられたのですか?」
ソヌは笑顔で答える。
「実は、父に追討令が出た時、海を渡り、対馬国へ逃れました。対馬国は、倭国と韓とを繋ぐ要衝。私たちは、そこの国長ヒシト様に匿っていただきました。国長には、私と同い年のヒナモリという者がいて、ともに、大和言葉を学んだのです。」
ソヌは続けた。
「その時、九重の平定した勇者の話も聞きました。そして、その勇者は西国へ向かい、ヤマトを平定したと。私は、最初、作り話であろうと思っておりました。僅か十五の男に、それほどの大業が成せるはずはないと・・ですが、本当でした。カケル様は凄い御方だ・・。」
「そうでしたか・・。」
タケルは小さく答えた。その表情にソヌは何か考えていた。
薬事所に着くと、チハヤが出迎える、
「ここは、今の皇様・・アスカ様が開かれました。その後、ナツ様が引き継がれ、さらに大きくされました。今では、諸国から多くの者がここへ学びに来るようになりました。私も、今、ここで薬事を学んでおります。」
チハヤは、嬉しそうに薬事所の中を案内する。
ソヌ皇子は、様々な部屋で、薬草を仕分けたり、干したり、粉にしたり、様々な工程をつぶさに見て回った。だが、その視線は、出来上がった薬草よりも、そこで作業をしている人々に向いていた。
「皆さん、いきいきとされていますね。とても熱心で・・幸せそうだ。」
「次は、ぜひ、宮殿の中もご案内したいのですが・・」
そう言ったのは、ヤチヨだった。ソヌは少し不思議な顔をした。宮殿は、さっきまでいた場所、だいたいの様子は見ていた。
「皇子様は、ずっと表にいらしたでしょう?でも、あの宮殿を支えているのは、宮内所司なのです。食べ物や衣服、調度品、宮殿の暮らしすべてを支えている所なのです。是非、ご案内したいのです。」
ヤチヨには、自分が働いているところを知ってほしいわけではなく、ある考えがあった。
一行は、宮殿の東の通路を入り、摂政タケルや摂津比古などが政務を摂る大極殿の奥、内裏の更に奥に出た。そこには、大きな建物が一つ、そして屋外にはたくさんの釜戸が並んでいる。
「ここは、宮内所司の中の膳所です。昨夜の宴の料理はすべてここで作りました。」
タケルもヤスキも、こんな奥までは来たことがなかった。
「他にも調所、居所等、暮らしを支える全てがここに在るのです。」
ソヌはヤチヨの説明を聞きながら、所司の中を見て回った。先ほどの薬事所と同様に、そこで働く者の様子をじっと見つめている。
「ここには、男の方もいるのですね。」とソヌ。
すると、ヤチヨは笑顔で答える。
「ええ・・ヤマトでは、古来より、奥の仕事は女人のものとされていました。ですが、難波津では男も女も関係なく、自らの力を活かせる場所に就けるのです。薬事所にも所司にも、港にも、そういう区別はありません。」
「自らの力を活かせる場所・・ですか・・。それは良い事だ。」
ソヌは感心するように言った。それを聞いた、タケルが小さな溜息をついた。
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