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3-5 ヤシギの葛藤 [アスカケ外伝 第1部]

翌日、タケルは、夜明けとともに目覚めた。部屋を出ると、館の廊下の格子越しに、海が見えた。小高い山に挟まれた高台に建つ館の足元には、集落が見えた。タケルは、皆に気付かれぬように、そっと館を出て、坂を降りて行く。小さな港になっている場所には、数軒の小屋があり、桟橋には小舟が留まっている。振り返ると、高台に続く道から脇にある道沿いに、何軒もの家が並んでいた。坂道から数人の男達がやってきた。朝の仕事にでも取り掛かるのだろうか、手振り身振りで話をしながら、楽し気に向かってきた。
「タケル様!お体はもう良いのですか?」
少し離れたところから、手を振りながら、大きな声で呼びかけたのは、シルベだった。
「ええ・・もう大丈夫です。」
シルベとタケルの会話を聞いていた男たちが、何か、シルベに訊いた。シルベがそれに答えると、男たちは驚いた表情で、一目散にタケルのもとへやってきた。そして、タケルの前に跪くと、「ありがとうございます。」と口々に礼を述べる。
「タケル様、・・この者達は、ここ広瀬の郷の者達で・・水軍に襲われた時、大怪我をしていた者なのです。・・先日、あの・・光の御力で、奇跡のように回復し、今は、郷の立て直しに頑張っております。・・個々の者達の多くは、あの御力で救われております。」
ヤシギの怪我を治すため使った力だったが、郷中に広がって、多くの奇跡を起こしていた。
「ここはもう大丈夫です。少しずつですが元の暮らしに近づいております。ですが・・」
シルベは、そう言うと、視線を対岸に向けた。
「対岸の郷が・・・・。」
タケルも対岸を見る。小高い山の麓まで、平地が広がっているが、荒涼としている。ただの荒地ではない。あちこちに、建物の一部と思われるような木柱が立っている。
「あそこは?」と、タケル。
「紀一族が治めている名草という村です。日前山の麓一帯に、幾つもの郷があって、大勢が暮らしていたようです。ですが、・・昨年、大川が氾濫して、周囲の田畑が水没し、家も多数流されたようです。そのために、苦労しているという事のようです。」
シルベが言う。
「それは・・では、すぐに様子を見て来てもらえますか?そして、必要なものをすぐに手配してください。」
「そうしましょう。数日すれば、ウンファン様がこちらに参られます。様子を伝え、必要なものを手配いたします。」
シルベが答えたのを聞いて、近くにいた男が声を上げる。
「なら・・俺に案内させてください。俺は、あの山の麓、黒田の郷の生まれです。漁師になりたくて、広瀬に参りました。名は、クマリと言います。」
「では、クマリ様、シルベ様を案内してください。」
タケルの言葉を聞いて、シルベとクマリは頷いた。そして、周囲にいた男たちと、これからの事を相談しはじめた。
そこへ、チハヤが血相を変えてやってきた。
「目が覚めたら、姿が見えなくて・・館の方々にお聞きしても判らないと言われて、ずいぶんあちこち探したのよ。そしたら、郷へ降りたんじゃないかという人がいて・・・・。まだ、目が覚めたばかりで・・・心配させないでよ。・・」
チハヤの言い方は、どこか聞きわけのない子供を諭すように聞こえた。タケルは、チハヤに詫び、急いで、館へ戻った。朝餉の支度が出来ていて、それを済ませると、頭領と対面することになった。
頭領の部屋に入ると、ヤシギは床から身を起こす程度ではあったが、血色も良くなり食欲も出てきているようだった。傷を負って長く臥せっていて食事を摂っていなかったせいで、随分と痩せており、体力は戻っていない様子だった。
「大和国のタケルと申します。」
タケルは、ヤシギの前に傅いて、挨拶をした。
「うむ。儂の命を救ってくれたと聞いた。礼を申す。」
ヤシギの答えは、少しぞんざいな感じがした。それを見て、妻チドリが言う。
「申しわけありません‥。命の恩人とは判っているのですが・・やはり、大和と聞くと・・」
チドリは言い掛けた事の重さに気付き、途中で話をやめた。
「郷は随分と元通りになってきました。あとひと月もあれば、元の暮らしができるようになるでしょう。」
同席していたヤスキが言う。
「そうか・・それにも、礼を言わねばならぬのであろうな・・。」
再び、ヤシギは何か含みを持った言い方で答える。
「ヤシギ様は、ヤマト国へ恨みの様なものをお持ちのようですね。お聞かせ下さいませんか。」
タケルが単刀直入に切り出した。ヤシギの表情が硬くなった。
「我らは、摂津比古様から、紀の国の窮状をお助けする命を受け参りました。もし、ヤマト国への不満や恨みをお持ちのようなら、解決しなければなりません。是非、御聞かせ下さい。」
タケルは、そう言うと、手をつき頭を下げる。その様子をみて、チドリが言った。
「あなた、今は、タケル様の御恩に報いるべきではありませんか。きちんとお話し下さい。」
それでも、ヤシギの表情は厳しいままだった。
「お父様・・加太も西の庄も、広瀬も、皆様のご尽力で、住まいも食べ物も手に入れることができ、みな安堵して暮らせるようになったのです。私たちの知るヤマトとは違うのです。きちんとこれまでの経緯をお話し下さい。・・・ニトリ様も、タケル様達に救われ、広瀬に戻って来られました。心をお開きになって下さい。」
傍で見ていた、ツルが父ヤシギに懇願する。
「そうか・・ニトリは、無事に戻れたか・・。」
ヤシギの表情が、少しだけ緩んだ。ヤシギは、目を閉じ少し考えを整理しているようだった。それから、ゆっくりと目を開け、タケルたちをぐるりと見渡し、一息ついてから口を開いた。
将軍塚.jpg

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