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3-6 大和への恨み [アスカケ外伝 第1部]

「わが父イタギは、ヤマトに殺された。」
ヤシギはそう言うと、天井を見上げる。短い言葉だが、その悔しさ、憎しみは充分に伝わった。だが、タケルには、その言葉の本意が理解できなかった。春日の杜の学び舎では、紀の国の話はほとんど出たことがなかった。大和のはるか南には、那智一族が治める国がある。大和とは友好を保ち、助け合える関係だと聞いていた。争いがあった等、初耳だった。
「ヤマト国と紀ノ國の戦があったのですか?」
タケルは、そう聞くほかなかった。
「そなたたちの様な若者に話して、どれほど理解されるか判らぬが・・・。」
ヤシギは、そう前置きして、話し始めた。
「紀ノ國は、名草山のほとりを本拠とする紀一族が治め、大川のほとりには、田畑が広がり、作物が良くとれる豊かな地で平穏な暮らしがあった。我ら、淡島一族は、もともと海に生きる者。加太の郷の先に並ぶ、大島が本拠だったが、いつからか、和歌の浦へ移り住み、紀一族と我ら淡島一族は助け合い、山と海の幸を分け合い暮らしてきた。それは、ヤマト国ができるずっと以前からそうだった。」
ヤシギの話に、タケルたちは少し驚いていた。いずれの国も大和のように王族が治めるものだと思い込んでいたからだった。
「今から、二十年ほど前になるかな・・先代の頭領、我が父イタギが治めていた頃、ヤマト国から巨勢一族のクヒコが、葛城王より国造を任じられたと言い、多くの兵を率いて、我らの地へ踏み込んできた。」
確かに、摂津比古から、巨勢一族が国造として紀の国へ来た事は聞いていた。だが、それは、父カケルが大和平定のために遣わされた事と同じように、乱れた地を治めるためであったのだと、タケルたちは考えていた。兵を率いて踏み込むというのは、考えてもいなかった事だった。
ヤシギは続ける。
「あれは、弁韓の水軍より酷いものだった。平穏な日々に突然乱入されたのだ。だから、我らは持てる力で対抗した。だが、兵力にかなうはずもなく、逆らうものを容赦なく殺され、家々を壊し、田畑にも火をつけられた。蓄えていた食料はすべて奪われ、多くの者の命も奪われた。わが父イタギも、紀一族の頭領ヒノクマも、捕らえられ、命を奪われた。」
ヤシギは当時の事を思い出し、怒りに身を震わせている。
「何てことを・・。」
ヤシギの話を聞き、ヤスキも怒りを隠せないでいた。
「我らはやむなく、巨勢一族に従った。奴らは、多くの兵をあちこちの郷に送り、民を見張った。作物や魚、貝・・我らが日々の暮らしに必要なものをヤマト国への貢ぎ物として無慈悲に奪い続けた。時には、巨勢一族の館の普請や、新しい郷を作る為として、男たちを集めこき使った。・・我らは、まるでヤマトの奴隷であった。」
「しかし、今は違うのでしょう?」
チハヤが訊く。
「ああ、巨勢一族の長、クヒコが倒れ、息子のシラキが国造の職を継いだ時だった。シラキは、我らの地ではこれ以上の富は得られないと考え、大川のさらに上流の・・熊野を手中にしようと動き出したのだ。」
「熊野は、那智一族が治めていた地ではないのですか・・?」
タケルは、訊いた。
「熊野とは、大川の上流、山深い土地。山には神々や精霊が住み、簡単に人を寄せ付けない神聖な場所なのだ。古くから、山の神や精霊を祀る穂積一族が暮らし、人が支配できるところではない。そなたの言う、那智一族は、我らと同じ海の者。大海に生きる民であり、熊野の一族を支える者なのだ。」
「それでどうなったのですか?」
ヤスキが身を乗り出して聞いた。
「巨勢のシラキは、大軍をもって熊野へ入った。だが、川に阻まれ、山に飲まれ、戻ってきた。シラキも病になり、今も臥せっておるようだ。以来、紀一族も我ら淡島一族も、昔のようにそれぞれの地を治める事ができるようになったのだが・・。」
ヤシギの声が曇っている。
「以前のように・・とはいかないのですね?」とタケル。
「ああ、そうだ。シラキの息子ハトリが成人し、今、巨勢一族の勢力を立て直そうと躍起になっておる。昨年は大川が氾濫し、紀一族の郷は大きな被害が出た。そして、此度は、我らの郷は水軍に襲われた。・・おそらく、早晩、ハトリが兵を率いて再び攻め入ってくるに違いない。」
「巨勢一族・・彼らがいる限り、安寧の日々は戻らない・・そういう事ですね。」
タケルが言うと、
「ヤマトは、ああいう者を国造に任じ、兵をもって民を従わせる・・恐ろしき国なのだ。」
ヤシギは、タケルたちを前に、問うように言う。
ヤシギの言葉は、タケルたちの心に突き刺さった。
今まで自分たちが見ていたヤマト国は、諸国が尊重し合い、助け合い、民の安寧を一番に考え、皆で努力しているはずだった。しかし、紀の国の現実は違った。支配する者、支配される者、奪う者、奪われる者、悲しい現実がそこにはあったのだ。アスカケの話は、あくまで勝者の話である。一方で、敗れた者達には憎しみが強く残っているに違いない。そう考えると、自分たちはこれからどの道に進むのか、いつ、敗者になるのか判らぬのではないかと思うのだった。初めに、ヤシギが「そなたたちに話しても判らぬであろうが・・」と前置きした意味が、ようやく分かった気がした。
「そなたたちを責めるつもりはない。我が命を救っていただき、郷も助けていただいておる。そなたたちには感謝の言葉の他はない。だが、我らの置かれている様をしっかり知ってもらいたいのだ。できるなら、これから皆が安息して暮らせるよう、力になってもらいたい。」
ヤシギは、穏やかな口調で言った。
熊野.jpg
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