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3-14 アユ漁 [アスカケ外伝 第1部]

難波津からともに来たヤチヨは、数か月の間に随分と逞しくなっていた。
難波津を出た時は、船の房長として、食事の差配をしていたが、加太に着いた時から、難波津から届く食糧をできるだけ無駄にせず、多くの者が満足するよう、日々、料理を工夫してきた。時には、和歌の浦の漁師が採る魚や貝を、上流の田屋の郷でもたべられるようにと、干物にしたり、焼いたりして、保存する形も研究した。
山からの恵みも学び、野草や木の実、鳥なども上手く使った。少しずつ、田畑の姿が戻ると、耕し、野菜を植え育てる作業も熱心に取り組んだ。郷の女たちも、そんなヤチヨの姿に動かされ、ともに汗を流すようになった。
「ヤチヨ様、もうすぐ鮎が上ってきますよ。」
畑仕事の最中に、名草・井辺の郷の娘ユキが嬉しそうに話した。
鮎は、大和・春日の杜でも食べた事はある。だが、まだ幼かったヤチヨには、あの独特の苦みがどうも好きになれなかった。
ヤチヨの反応が今一つ良くないことに気付いたユキは、すぐに理由が判った。
「ヤチヨ様、ここの鮎は大きいんだ。きっとびっくりするよ。・・明日、みんなで獲りに行こうって話してたんだよ。ヤチヨ様も一緒に行きましょう。」
ヤチヨは、翌日、早朝、ユキたちに連れられ、大川のほとりに行った。そこには、タケルの姿もあった。
「タケル様!」
ヤチヨが声を掛けると、タケルは随分と驚いた表情を見せた。
「やあ・・昨日、ユミヒコ様に鮎取りをしてはどうかと言われて・・そう言えば、父も子どもの頃、魚とりの名人だったと聞いていたので・・・自分もできるかと思ってきたのです。」
「それで成果のほどは?」
ヤチヨは少し意地悪に訊いてみた。
「ほら、この通り。」
タケルが腰に付けた竹かごを開くと、手のひらを広げるよりも大きい鮎が何匹も入っている。
「えっ?そんなに・・・」
ヤチヨは驚いた。春日の杜に居た頃、タケルはお世辞にも器用だとは言えないほどだった。剣や弓の腕前は良かったが、目の前の鶏さえ捕まえられないところがあった。それなのに、それほどまでの鮎が取れるなど信じられなかった。
そこに、童が数人やってきた。手には大きな鮎を掴んでいる。
「ほら・・これもやるよ。タケル様は、まったく不器用なんだから・・。」
童たちは、半ばタケルをバカにして面白がっている。タケルの籠の中の鮎は、みな、童たちがくれたものだとばれてしまい、タケルは、ばつの悪い表情をして、そっと籠を隠した。
朝日も随分高くなり、アユ漁も終えた。幾つもの籠に沢山の鮎が入っていて、それぞれの郷に分け、皆が持ち帰って行った。
ヤチヨは、井辺の郷へ戻り、娘たちとともに、アユ料理を作ることにした。
料理と言ってもこの時代は、調味料は豊富ではない。塩焼きと燻製くらいなのだが、それでも、皆、季節の便りを愉しむため、賑やかに集まってきていた。火を起こし、鮎に串を打ち、塩をまぶして焼く。焼きあがったものから順に皆に配られていく。一部は、燻製になる。こうしておけば暫く日持ちするし、また、違った味わいを楽しむことができる。その風景を見ていて、ふと、ヤチヨは考えた。
「鮎はまだ、これからも捕れるのでしょうか?」
ヤチヨは、アユ漁に誘ってくれたユキに訊いてみた。
「まだ、しばらくは捕れるけど、もう充分じゃない?・・」
ユキは不思議そうな顔でヤチヨを見て言った。ヤチヨは少し考えてからユキに言った。
「この鮎を干物や燻製にして、他国に持って行ってみたらどうかな?」
「他国へ?」
「ええ・・今なら、難波津から大船が来るでしょう。それに乗せてもらって、難波津へ持って行くのよ。難波津なら、それを布や米、黍に替えられる。他にも、欲しいものと替えれば、皆もきっと喜ぶはず。」
「大丈夫かな?・・難波津なんて行った事もないし・・人がたくさん居て・・」
ユキは、この郷の他を知らない。難波津から大船が来るたび、大量の荷を運んでくるのを見て、想像もできないほど大きな郷だとは感じている。
「他にも、海や山で獲れるものを持って行くと良いかも。そうそう、大船で来るウンファン様は、そういう事を仕事にされているから、尋ねてみると良いでしょう。・・ユキ様、郷の皆様に相談してもらえないかしら?」
ヤチヨは、ユキに郷の人達と相談する場所を拓いてもらえるよう頼んだ。ユキはまず、母に相談した。すると、ユキの母を通じて、郷の女たちが集まってきた。ヤチヨは先程ユキにした話をもう一度みんなに話した。
話を聞いた女たちは皆戸惑っていた。日々の暮らしを立て直す事に追われていて、そんな事にまで取り掛かるのは大変だと正直なところ受け入れる事が難しい雰囲気だった。
「いっちょう、やってやろうじゃないか!」
ヤチヨを取り巻く女たちの中で、ひときわ大柄な女性がそう言って、前へ出た。
「私らも、いつまでも施されるばかりじゃ情けない。難波津へ荷を届けて、紀の国の郷は元気だぞって知らせてやろうよ。」
彼女は、黒田の郷のトメという女性だった。大水で郷は跡形もなく消え去ったが、彼女が大水を予見して、皆を先導して、名草の館まで逃れることができた。皆の信頼も厚い女性だった。
「そうかい?・・トメさんが言うなら一緒にやるかい?」
「そうと決まれば、明日朝、アユ漁だ。もっとたくさん捕まえて、干物と燻製づくり・・もちろん、郷の仕事もしっかりやろう。二手に分かれればいいだろう。」
話はまとまり、次の日から、産物作りが始まった。
「ヤチヨ様、一つお願いがある。このことを、タケル様や頭領様にも話して了解を取っておいてもらえないかね。女どもが勝手にやると、男どもは時々、悋気を起こして邪魔するからね。」
トメの言葉には、ちょっとした皮肉が込められていた。
鮎.jpg
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