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1-36 決着 [アスカケ外伝 第2部]

「姫が命を落とせば、熱田の者達は、黙ってはおらぬだろうな。」
イソカはそう言うと、短剣を抜き、姫の首元に当てる。イカヅチもそれを見て、イソカの隣りに立ち、フウマ達を見てほくそ笑んだ。
「卑怯な!」
フウマは、その場に立ち尽くす。
タケルは少し後ろに立ち、一部始終を見ていた。「何という醜態」と、ふっと小さく息を吐いて呟いた。そして、剣に手を掛ける。すると、剣から光が漏れ始める。
「タケル様、大丈夫ですか?」
ヤスキが、小さな声で訊く。タケルは小さく頷く。すると、人質になっている姫の胸元辺りからも光が漏れているのが見えた。剣の光は徐々に強くなり、皆、異変に気付く。イソカやイカヅチも、タケルを睨んだ。
「ウオー!」
甲板に、雄叫びが響く。タケルは体をぶるぶると震わせ、一度、蹲ると、次の瞬間、全身をのけぞらせ、さらに雄叫びを上げた。獣人の姿に変化している。以前にもまして、体は大きく、白い狼の様に鬣さえも伸びている。眼は青く光り、牙さえあった。一目見ただけで、身震いするほどの凄みを持っている。
獣人タケルは、その場で大きく跳ねると、イソカの前に、ドスンと音を立てて着地した。驚いたイソカはよろけて、姫の手を離した。その隙に、タケルが姫を手を掴み、さっと引き寄せ、包み込むように抱く。
それを見たイカヅチが剣を抜き、背後から、タケルに切りかかった。だが、その剣はタケルの背を叩くだけで、小さな傷さえつける事なく、見事に跳ね返され根元から折れた。
「グルル・・・。」
タケルはわざと獣のような声を立て、イカヅチを睨み付けた。イカヅチは腰が抜けてその場に座り込んでしまう。
姫を奪われたイソカは、剣を振り回し、誰彼なく切りかかろうとした。
「成敗!」
フウマは剣を抜き、イソカの肩口へ一気に振り下ろす。イソカの腕は、赤い血飛沫を吹き出し、体から離れ、勢いよく海まで飛び、その場で果てた。
イカヅチは、カツヒコたちの手で、すぐに荒縄で縛られた。
「やっと、決着がつきましたね。」
タケルは元の姿に戻っていた。そして、その胸には、まだ、熱田の姫が居た。
フウマは、船の舳先に立ち、皆に見えるように、剣を高く掲げた。
「勝ったぞ!!」
船の者も、岩礁にいる者も、イソカとイカヅチを討ち取った事が判り、歓声を上げる。敵兵だった者達も、すでに、郷の者とともに歓声を上げている。皆、イソカを恐れ従っただけの者ばかりだったのだ。

「タケル様!」
そう言って、現れたのはサスケ達だった。兵に紛れ、船に火を放ち、戦いに終止符を打った立役者である。何人かは火傷をしているようだった。
「ご苦労でした。命を賭けた、サスケ様達のお働きにより、大きな犠牲も出さず、戦を収めることができました。」
タケルが労いに言葉を掛ける。
「ありがとうございます。・・しかし、戦はまだ終わっておりません。・・イカヅチは、利用されたに過ぎません。本当の敵はまだ残っております。」
サスケが言う。
「そのようですね。」
タケルは、イカヅチの様子を見て気付いていた。
知多国の騒ぎは、渥美とよく似ている。いずれも、多くの郷を纏める力が弱いところに、怪しげな者を送り込み、内紛を起こさせている。こうする事で、もっとも利を得るのは誰なのか。ヤマトを敵とみなし、郷を守ろうとする民の思いを利用する悪しき者。これを除かなければ本当の安寧は訪れない。
「イソカとイソキは兄弟のようです。ともに、穂の国から参った者。どうやら、穂の国に元凶が潜んでいるのは間違いないようです。」
サスケは、皆が集めた話を纏め、タケルに話した。
「穂の国は強大な国です。東国や信濃に挟まれているため、昔から,戦が絶えないようです。ただ、怪しげな話も聞きました。国王は、蛇の化身だというのです。そして、その妖力を使って、あらゆるものを操れるのだとも・・」
「怪しき力を持つものですか・・。」とタケル。
少し考えた後でタケルがサスケに訊ねる。
「私は、あの、ヤマトの古き旗を掲げた軍船が気になっています。・・どこかの港に隠れているはずなのですが・・。」
「渥美、知多、穂の国、これらに囲まれた、内海には、大小幾つもの島があります。どこか、そこの一つにでも潜んでいるのではないでしょうか?・・特に、幡豆の郷の沖に浮かぶ、大島には怪しげな輩が集まっていると聞きました。」
「やはり、穂の国へ入らねば判りませんね。」
タケルは、すでに次の策を考え始めていた。
「皆さま、大高の郷に着くまで、しばらく体を休めてください。皆様の御力、まだまだ必要なのです。」
タケルはそう言って皆を労った。
軍船は、大高の郷へ戻る。小舟が先に行き、フウマの勝利を知らせると、郷の者は皆、息を吹き返したように賑わい始めた。

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