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2-1 老津にて [アスカケ外伝 第2部]

タケルはミヤ姫と共に、吉胡の郷を出発した。サスケたちは一足先に出て、タケルたちの行く道の安全を確認する。吉胡から陸路で丘陵地帯を進み、まずは穂の国の入り口、老津の郷に着いた。老津の郷は、遠江や穂の国、渥美の国々を繋ぐ重要な場所であり、郷の長は、常に三国の様子に敏感で、渥美でイソキが倒された事は承知していた。もちろん、ヤマトの皇子タケルの神の力の話も承知しており、タケルたちは丁重に迎えられた。
 長に館に入ったタケルたちは、夕餉を終え、広間で長から穂の国の事情を聴いた。
 今から二十年ほど前までは、三河国の矢作一族が穂の国の辺りも治めていた。その頃は、八名、宝飯、吉田、石巻、老津辺りに郷があり、みな、それぞれが助けあう関係だった。
だが、或る年、八名を本拠にしていた一族の長が、自らを「穂の国の王」と名乗り、周囲の郷を従え、三河国から分離して、「穂の国」を建国したのだという。
 「穂の国の王?」とタケルが訊く。
 「ええ」
 と長が答え、話を続けた。
 「穂の国とは、かつて、この辺りを本拠とし、東は遠江、西は尾張、北は信濃までを治めていた強大な国だったと聞いております。しかし、大地震が襲い、海沿いの郷はことごとく失われ、力を失い、やがて、西の矢作一族がこの地を治めるようになり、消えてしまったとも聞きました。」
「どれくらい昔なのでしょう?」とタケル。
「おそらく、まだヤマトがなかった頃でしょう。」
「それがなぜ今になって・・それに、滅びた国の王など、信じるに値しないのでは?」
サスケも訊く。
「ええ、我らも初めは信じませんでした。しかし、砥鹿の神官チヤギ様が、社から穂の国の古い木簡を見つけられ、鉾と盾こそ王家の証と申されました。ほどなく、八名の郷のアリトノミコトは、自らの館から鉾と盾を見つけ、皆に示したのです。それをもって、チヤギ様がアリトノミコト様を穂の国の王と認め、皆、従いました。」
「砥鹿の神官とはいう者はたいそうな権威をもたれているのですね。」
ミヤ姫は感心して言った。
「はい・・この地の郷の多くは、古くから、砥鹿の神を守り神としております。遥か本宮山がご神体。いにしえより、神官の御言葉は絶対でした。我らは、御言葉を信じたのでございます。」
 老津の長は言葉を選びながら答えた。
「伊那国を攻め、神の社を焼き、蛇の呪いをかけられたという話はまことですか?」
 タケルが訊くと、長は一瞬困った表情を浮かべ、暫く沈黙した。そして、声を潜めて話し始めた。
「それは少し違います。アリトノミコト様がほぼ一帯を穂の国として治めることになったころ、妻を娶られました。すぐに御子ができましたが、産まれてまもなく、亡くなったのでございます。その御子の背には大きな痣があり、それは確かに蛇の紋様にも見えたのでございます。・・それを見た、神官チヤギ様は、蛇の呪いであると申されました。」
タケルたちは、長の話を神妙な顔で聞いている。
「蛇の呪いとは・・」
サスケが言うと、長はさらに続けた。
「チヤギ様は、さらに、その呪いは奥方様が背負っているとまで申されたのです。それを聞いた奥方様は、自らを責め、石巻山から身を投じて亡くなりました。」
「そんな酷い事があったとは・・。」
タケルが言う。長はさらに続ける。
「アリトノミコト様は、呪いをかけた蛇の所在をチヤギ様に問われました。そして、その蛇を祀る社が、穂の国の北、伊那国にあると言われ、アリトノミコト様は大軍を率いて、伊那国へ向かわれました。そして、伊那谷までの道中にある社をしらみつぶしに探しだし、焼き払われたのです。刃向かう民たちも、殺されました。」
「何という事を・・・。」
タケルがため息交じりに言うと、長は頷きながら話を続けた。
「自らの恨みを晴らすため、多くの恨みを買う結果となり、結局、途中で病に罹られ、伊那国を手中にする事は出来ず、兵を引かれました。」
「愚かとしか思えない・・。」
ミヤ姫が呟く。
「その頃から、アリトノミコト様は別人のごとくなられました。心を失くされたようで、笑う事も泣く事もなく、ただ一心に、強き国を作ることだけを考えておられるようでした。」
ひとしきり、長の話を聞いたタケルたちは、長が用意してくれた部屋に戻った。
「神官チヤギとはいかなる御仁なのだろうか?」
タケルは誰に問うでもなく呟いた。
「熱田にも、神官はおりますが、政には関わらず、国の安寧のために八百万の神に祈りを捧げ、身を清め務めております。」
ミヤ姫が答えると、サスケも同調した。
「神に使える者は、すべからく、そうしたもののはず。ただ、アスカケの話には、運命や予言を示す巫女もいました。神の力を深く信仰する者には、やはり、神に代わり言霊で、一族の行く末を示す神官は絶対的な存在になり得るということなのでしょう。」
そうしたことを否定することはない。皇の存在も、もはや神格化され、民もそれを受け入れ、そうした者が国を率いることで民も安寧を手に入れるのだろう。
いずれ、タケル自身も、皇アスカの後を継ぎ、ヤマトを率いていかねばならない。タケルは自らの将来を思うと何か途轍もない不安がよぎるのだった。

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