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2-2 御津の浜 [アスカケ外伝 第2部]

「神官チヤギとアリトノミコトがいかなる者かもっと知らねばなりませんね。」
部屋に戻るとすぐに、サスケが切り出した。
「此度の戦にどのように関わっているのか、目的は何か、そして、ヤマトと敵対するつもりなのか…」
サスケの言葉をそこまで聞いて、タケルが口を開く。
「私は、ヤマトの旗を掲げた、あの軍船がどうにも気がかりです。おそらく、この近くの港か島にいるはずです。弩で射貫かれ大破していたので、修復作業の最中でしょう。船を借りて探してみたいのですが。」
「判りました。明日にも手配致しましょう。私は郷に入り神官と穂の国の王について調べて参ります。七日の後、またここに戻りましょう。」
翌朝早く、サスケは数名の伴を連れ出掛けた。船は豊川の港に手配されていて、手下として三人の若者が控えていた。
その中には、知多国に居た際に活躍したサトルが居て、挨拶した。
「これよりお供をいたします。こちらの者は、キンジ。そして、クヌイでございます。皆、特技を持っており、御承知の通り私は遠くの音を聞き分けることができます。キンジは、誰より遠くのものを見る事ができます。そして、クヌイは、匂いを嗅ぎ分けることができます。」
タケルたちは、船を出す。吉田の郷は豊川の河口に当たり、堆積した砂でできた美しい海岸線が西へ向けて伸びている。海岸沿いには、小さな集落が点在している程度で、港はない。
船の舳先には、キンジが座り、行く先の様子を探っている。
「この先に船着き場が見えます。郷長の話では、阿礼崎辺りかと。」
タケルも目を凝らして見る。確かに、木々が生えていて、少し大きめの家屋も見える。だが、そこには軍船の姿は見えない。
その先に少し小高い山が連なって見えた。そして、その先端は海近くまで迫っていて、入り組んだ海岸になっているように見えた。
「その先はどうでしょう?」とタケル。
「手前は、三谷、そして、形原。その先には西浦、幡豆。そこを越えると、矢作一族の三河国へと繋がります。」
サトルは、長からもらった手書きの地図を広げ、指さしながら説明した。
船はようやく、阿礼崎まで来た。桟橋近くには、小舟が数隻ある程度で、人影はない。静かに桟橋に船をつける。陸に上がり、しばらく身を伏せて様子を探る。サトルが音を、キンジは目で、そしてクヌイは匂いで、近くの集落の様子を探る。
「郷の者がいるようです。様子を見て参ります。しばらくこちらで。」
サトルたちはそう言うと、郷へ向けて駆けて行った。
タケルとミヤ姫は、浜の草陰に身を隠すように座り、海を眺めていた。
南に開いた三河湾は穏やかで、太陽の光を反射して眩しかった。遠くに渥美を見ることができる。
「不安はないですか?」
タケルがミヤ姫に訊く。この先どうなるか判らぬ旅に同行させ、不安はないかというのも不思議な事なのだが、ミヤ姫の落ち着いた様子に改めて訊ねたくなった。
「いえ・・こうして、御傍に居られれば、少しも不安はありません。」
ミヤ姫は躊躇なく答え、笑顔を見せた。
暫くすると、少しの食べ物を携え、サトルたちが戻ってきた。
「静かな郷でした。暮らしは豊かで、落ち着いている様子です。兵のような者もおりませんでした。旅をしていると話すと、食べ物も分けてくれました。」
サトルが、郷の者からもらったのは、稗の団子だった。
「郷の長は、あの山の麓の館にいるようです。山を背にして海を見下ろす場所で、民の評判は上々でした。この郷は、稲作も漁も充分にできるようで、子どもらも郷の中を元気に走り回っておりました。」
キンジが山の方を見ながら報告した。
「この海には、島が幾つもあるようですが、島の話は聞きませんでしたか?」
タケルが訊く。
「この郷の者は、島の事は特に・・隣の三谷の郷か、その先の形原の郷に行けば判るかもしれません。」
サトルが答える。
「では、すぐに行きましょう。」
タケルはどうしても、軍船と島の関係が気になっていた。何か、拘りに近いものかもしれないと自嘲しながら何か気にかかる。
「タケル様、少し風が出てきました。雲行きも怪しいようです。今日は無理をせず、この郷で休みましょう。手頃な小屋も借りております故。」
サトルはタケルの逸る気持ちを理解しつつも、ミヤ姫の様子も気になっていた。船に乗っていたとき、時々苦しげな様子で、船酔いのように思えたからだった。
海には白波が見え始めている。
タケルはサトルの提案を受け入れて、休むことにした。徐々に風は強くなり大粒の雨も降り始める。浜辺の粗末な小屋だが、なんとか雨露を凌ぐことができた。
サトルやクヌイたちは、再び郷へ向かったまま、明け方になっても戻らなかった。
翌朝、郷の若い娘が小屋に来た。
「ヤマトのお方とお聞きし、御館様がお会いしたいと申されております。」
娘は、なんとか聞き取れるほどの声でそう言った。
タケルはそっと外の様子を見る。屈強な男たちが数人で小屋を取り囲んでいる。
「あの者たちは?」とタケルが訊く。
「私の衛士です。詳細は館でお話し致します。国王や神官の間者に知られては困ります故、お静かに我らと伴においで下さい。サトル様たちは既に館に居られます。」
不安は拭えなかったが、国王や神官に知られてはならぬと言う、娘の言葉を信じることにした。小屋を出ると男たちが先導して、郷の裏道のようなところを進み、山の裾野に立つ館の裏口から中に入った。
タケルとミヤ姫はそこからは侍女の案内で館の中に入り、大広間に通された。そこには、サトルたちの姿があった。
「タケル様、ご無事でしたか。」
サトルが頭を下げる。
「郷の中で衛士たちに捕まりここへ連れてこられました。大和から来たのだと申したところ、皇子はどこに居られると問われ、訳を訊くと、どうやら郷の長は大和と縁があるらしく、敵ではないと考え、居場所を教えました。」

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