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2-4 石巻山 [アスカケ外伝 第2部]

一方のサスケは二人の供を連れて、吉田の郷から豊川左岸を上って行き、昼前には石巻の郷に着いた。東には、石巻山がある。アリトノミコトの妻が身を投げたと聞いた山である。サスケ達は、山頂まで登ってみることにした。この山は古くから人が住んでいたようで、あちこちに住居の跡があった。大きな岩が剥き出しになっていて、足を踏み外せば命の危険がある箇所が幾つもあった。
「ここで身を投げたのか・・。」
郷の者に大まかな場所を聞き、そこに立ってみた。確かにはるか下まで落ちればひとたまりもない。だが・・とサスケは考えた。ここに来る間にも、身投げする場所はいくつもあった。わざわざこんな頂上近くまで来る必要があるのか、疑問が深まる。それに、郷で聞いた話では、身投げした様子を誰も見ていなかった。それどころか、亡骸さえ見た者はいなかった。
「本当に身投げして亡くなったのだろうか?」
山を下りながら、サスケは繰り返し考えていた。
「サスケ様、こちらに何かございます。」
伴の一人、キサクが声を出した。その先を見ると大きな洞窟がある。中に入り暮らせるほどの大きな洞窟だった。松明で灯りを取り中を詳細に見る。つい最近まで人がいた形跡がある。隅の方に白い布が落ちていた。拾い上げてみると、一部が血に染まっている。
「アリトノミコトの妻は、ここで何者かに殺されたのではないだろうか・・。」
そんな考えを口にする。
「誰じゃ!」
洞窟の入り口で声がする。声の主はどうやら老人のようだった。サスケ達が洞窟を出ると、声の主が剣を構えて立っている。切っ先は震えていて、とても、サスケ達に危害を加えられそうもなかった。
「私はサスケと申す旅の者です。石巻山に登ると徳を積めると聞き、先ほど上って参りました。帰りがけ、思わぬ洞窟を見つけ、興味本位に入っておりました。」
サスケは丁重に答え、深々と頭を下げた。
「ここは余所者が来るところではない!」
老人の口調は厳しかった。
「これを中で見つけたのですが・・。」
サスケは老人に先ほど見つけた衣を差し出す。老人はじっとその衣を見ると、いきなりその場に座り込み、大粒の涙を溢した。
「どうされました?これはどなたか女人のものとお見受けいたしましたが・・。」
サスケが老人に尋ねる。
「それは、今は亡き、ヒサ姫様の羽衣。やはり、ここで・・。」
老人はそう言ったまま俯き、さらに涙を溢した。
「私は、ヤマトから皇子の供として参った者です。穂の国の王アリトノミコト様に拝謁できないものかと参った次第。吉田の郷の長から、アリトノミコト様の奥方が、この石巻の山で命を絶たれたとお聞きしております。宜しければ、お話をお聞かせ願えませんか?」
サスケがそう言うと、老人は立ち上がり、近くの自分の館へ案内した。質素なつくりの館には、その老人の他、数人の人夫と侍女がいた。
「ここは、ヒサ姫様の生家なのです。私は、石巻の長、エジツと申す。ヒサ姫は我が孫。八名の長との縁組が纏まり嫁いだ次第なのです。八名と我らは古来より姻戚関係にあり、亡き我妻も八名からもらい受けました。私には娘が居り、その娘がヒサ姫なのです。」
老人は囲炉裏に火を入れ乍ら話し始めた。
「ヒサ姫様は身投げされたとお聞きしましたが・・。」とサスケ。
「そう皆が行っておりますが・・・それは、穂の国の使いが参って、そう触れ回っただけの事。ヒサ姫は、子を亡くした後、気の病となりここへ戻っておりました。ある日、突然、姿を消し、しばらくして身投げして死んだと聞かされたのです。」
長エジツは、淋しそうに答えた。
「あの衣には、切り跡と血糊がありました。あれが、ヒサ姫様の者であるなら、あの場所で切り殺されたと思われますが・・。」
サスケが気を遣いながら話す。
「おそらく、そうでしょう。気の病と言って、宮殿から戻った時、ヒサ姫は何かを恐れている様子でした。私が訊いても何も話しませんでしたが、宮殿で何か恐ろしい目にあったのではないかと・・。」
長エジツが答える。
「ここへ戻られてからヒサ姫様の周りで何か妖しい動きはありませんでしたか?」
「どうであろう・・。幾度か、宮殿から、ヒサ姫の様子伺いに、使いの者は参りましたが、ヒサ姫は面会することなく、部屋に籠っておりました。」
「姿を消された日の事は?」
「あの日は、砥鹿の社の奉納之儀があり、我ら郷の者は総出でそちらに参っておりました。戻った時、ヒサ姫の姿はありませんでした。」
ヒサ姫の死には、どうやら宮殿と砥鹿の社が何かしら関連があるように思えた。
「ヒサ姫様は出産され、その御子は直ぐに亡くなったとお聞きしました。何やら背に蛇のような文様があり、呪いで亡くなったとも。」
サスケが訊く。
「はい。ですが、それも、八名の郷から広がった噂に過ぎません。産後、我らはヒサ姫に会うことはかなわず、産まれた御子にすら面会できませんでした。本当に、そのような蛇の紋様があったかどうかさえ定かではありません。」
「ヒサ姫様からは何もお聞きになっておられぬのですか?」
サスケが更に訊く。
「子を亡くした事は聞きました。生まれて間もなく、産声すら上げなかったとも。おそらく、死産であったのでしょう。我妻も、娘も、血筋なのか、身籠ると食が進まず、命すら危うくなるのです。妻も娘も子を産んだのち、すぐに命を落としております。」
「では、ヒサ姫様は、エジツ様がお育てになったのですね。」
「はい・・我が子のごとく育てました。それゆえ、亡骸さえ見れぬことは諦めきれぬ思いでございます。本日も、ヒサ姫の亡骸がどこかにあるのではと石巻山を探し歩いておりました。」
エジツの心中は、悲しみに塗りつぶされているに違いなかった。その心中を思うと、サスケは言葉がなかった。

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