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2-5 チヤギの秘密 [アスカケ外伝 第2部]

「明日、もう一度あの洞窟へ参りましょう。ヒサ姫様の最期の様子が判るかもしれません。」
翌朝、サスケたちはエジツと伴に洞窟へ入った。松明の明かりを増やして、昨日羽衣を見つけた場所をもう一度丁寧に見た。岩肌に黒い塊がある。おそらくヒサ姫の血であろうと思われた。洞窟は奥へ深くつながっている。一番奥に土が盛り上がっている箇所があった。
「サスケ様、これは。」と伴のひとりのキラが言う。
「ああ、おそらく。」とサスケが答えると、皆で掘り返した。土の中から、骸骨が現れた。着衣から、それがヒサ姫だとエジツは判った。
エジツは暫くその場から動けずにいた。じっと骸骨になったヒサ姫を見つめている。
掘り返した土を成らしている時、もう一人の伴のクラが、指先ほどの金属の欠片を見つけた。細かい細工が施されているが欠けていて何か判らない。
すぐに、ヒサ姫の亡骸は郷の者たちによって運び出され、一旦、生家へ戻った。生家には、多くの郷の者たちが集まり、驚きと哀しみにくれた。
「姫様は身投げされたと聞いていたが、何故?」
郷の者たちは皆同じ疑問を抱えていた。すぐに宮殿へ遣いを出すと、直ぐに王の使いがやってきた。
遣いは、亡骸を確認することなく、エジツや郷の者たちを前に強い口調で言った。
「姫は身投げされ亡骸は宮殿にて懇ろに供養した。洞窟で見つかったのは姫ではない。戯けたことを申して王の心を乱そうとするなどもってのほか。これ以上騒げば、厳罰に処するぞ。」
館の奥で聞いていたサスケには、宮殿は姫の死に関して都合の悪いことを隠していることは明らかだと感じた。
王の使いが去った後、サスケは、クラが見つけた金属の欠片をエジツに見せた。
エジツはそれを暫く見つめた後、
「確かなことは言えませんが、これは砥鹿の神職が身につけている飾りの一部のようです。これをどこで?」
と答えた。
「あの亡骸があった場所で見つけました。」
「まさか、砥鹿の神職がヒサ姫を殺めたと‥、」
「いや・・偶然かもしれませんし・・もしかしたら、ヒサ姫様の衣服に着いていたものかもしれません。確証とはなりません。神職が人を殺める事など・・」
サスケは無用な混乱をさせまいとそう言ったものの、砥鹿の者がヒサ姫の死に関わりがあるのは間違いないと思っていた。それと先ほどの王の遣いの言葉からも、王と神官が姫の死に深く関わっているのは間違いなさそうだった。
「砥鹿の神官チヤギとはいかなる人物でしょうか。」
サスケはエジツに問う。
エジツは、少し躊躇いがちに答えた。
「砥鹿の神官は、秦一族が代々受け継ぎ守ってきた職でございます。先代はチヤギ様の父、足の病に罹られ、神官の職が果たせなくなられたので、代譲りをされることになりました。神官の職は一子相伝。長兄タカハ様がお継ぎになるはずでした。ですが、タカハ様も、流行病で亡くなり、チヤギ様が継がれたのです。」
兄亡き後弟が跡目を継ぐのは至極当たり前のことだった。
「その頃、チヤギ様はここには居られませんでした。後を継ぐ必要がないならと、この地を離れ、大和へ行かれていたのです。」
「大和?いつ頃のことでしょう?」
「今から二十年ほど、いや、それよりも前だったかも知れません。」
チヤギが大和と縁があるということにサスケは驚きを隠せなかった。二十年以上前となると、大和はまだ豪族たちが郷を治め、皇位争いが始まろうとしていた頃だった。葛城王は争いを避け、難波津へ居られた頃だった。チヤギはその中でいずれかの豪族に仕えていたに違いない。
「神官職が途絶える事は砥鹿の社の存続にかかわる大事。すぐに大和へ使いを出し、チヤギ様に戻っていただきました。戻られるや否や、父様は亡くなられました。突然の事で我らは驚きましたが、チヤギ様は、早々に禊の儀礼を執り行われ、正式に砥鹿の社の神官となられました。」
「ここへ戻られた時の様子は如何でしたか?」
サスケが訊くと、エジツは答える。
「なにぶん、昔の事なので不確かですが・・・少し風貌が変わったようにお見受けしました。きっと大和でご苦労されたのでしょう。まるで別人のように、厳しい顔つきになられていたように思います。」
エジツの言葉には何か含みを感じたが、サスケは敢えて問わなかった。
「チヤギ様はお一人で大和から戻られたのでしょうか?」
サスケが訊くと、エジツはその頃の事を思い出すように話した。
「お戻りになるという返答をいただき、半年ほど待ちました。その時は多くの従者をお連れでした。神官になられてからは、古くからの神職を全て解任され、その時の従者のほとんどを、神職に取り立てられました。」
話を聞けば聞くほど、チヤギという人物が怪しく思えて仕方なかった。エジツの言葉からも、そういう思いが感じられた。
「郷の皆さまは、そんな強引な事を納得されたのでしょうか?」とサスケが訊く。
「中には異を唱える者もおりましたが・・・なにぶん、社の事は秦一族が決める事。我らは従うほかありません。それに・・・八名の先代の長が、チヤギ様を深く敬愛されておられ、異を唱える者の口を噤ませるよう働きかけられておりましたから・・八名の郷の先代の長は、多くの兵をもってここより山手の郷を従えて来られた方。きっと、チヤギ様と相通ずるところもあったのでしょう。」
「その様な所に、大事な孫娘を嫁がせられたのですか?」とサスケが訊く。
「いや・・先代の長は短命でした。すぐにアリトノミコトが跡を継ぎました。アリトノミコトは、先代と違い心根が優しいのが唯一の取り柄のような男でした。ヒサ姫も幾度か会う中で好いてしまったのでしょう。自ら嫁に参りたいと申したのでございます。・・古くから、石巻一族と八名一族は姻戚にあり、反対する理由もございませんでした。…しかし・・このようなことになるとは・・。」
エジツは不意にヒサ姫の最期を思い出したのだろう。急に言葉を詰まらせた。

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