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2-6 砥鹿の杜 [アスカケ外伝 第2部]

その日は、石巻の長の館に世話になることになった。次の日、長の計らいで、豊川を渡る船を都合してもらい、対岸の、砥鹿の地へ向かった。
本宮山の麓、森林が広がる広大な地の中に、砥鹿の社はあった。ただ、そこは、神を祀る社というよりも、戦砦のような作りになっていた。周囲には何重にも堀が掘られ、高い獣返しが張り廻られている。余所者が安易に近づくことを拒んでいるようだった。
穂の国の王、アリトノミコトの館も、その敷地の中にあり、こちらも堀と獣返しが施されている。そして、四方に高い物見櫓が作られていて、甲冑を着た兵が見張りに立っていた。この辺りだけ、戦をしているような雰囲気を感じた。
サスケ達は、森の中で夜を待ち、夜陰に紛れて、社の中へ入ることができた。社は、正門から参道が伸び、舞台と本社、脇社が建ち並び荘厳な造りだった。高床の下に身を隠し、人の気配を探る。
暫く潜んでいると、奥の社から人が出てくるのが見えた。小さな灯りを頼りに廊下を進み、脇の社から社務所へ向かう。豪華な服装を身につけているところから、神官であろうと思われた。社務所へ入るのを見届け、サスケ達も床下へ忍ぶ。
中ほどの部屋から声が聞こえる。サスケ達は息を潜めて聞き耳を立てる。
「ヤマトの皇子がこの地に入ったというのはまことか?」
神経質そうな声が響く。
「はい。吉田の郷で長が迎えたと、影の者から報告がありました。」
答える声は、少し若く張りのある声だった。
「今はどちらに?」
「判りません。船で西へ向かったところまでは判っておりますが・・・。」
「ヤマトの皇子が現れたなら、次の手を急がねばならぬが・・。」
「しかし、軍を率いているわけでもなく、本当にヤマトの皇子かどうかも・・。」
「愚か者が!渥美に送った、イソキはあっけなく囚われてしまったのだぞ。それに、イソカは大高のフウマに討たれた。いずれもヤマトの皇子が手助けしておるのはちがいない。ヤマトを侮ってはならぬ。」
「では、渥美へ水軍を送り、イソキを奪還して参りましょう。ヤマトの皇子はすでに渥美を離れております。今や好都合では?」
「アリトノミコトよ、そなたはやはり思慮が足らぬ。我らが渥美を攻めるということは、イソキの悪事は我ら穂の国の仕業ということになるではないか。攻めるには正当な理由が必要なのだ。」
「では、チヤギ様、いかに?」
二人の会話から、それが穂の国の王アリトノミコトと神官チヤギであることが判った。そして、これまでの全ての事が、神官チヤギが企てた事も判った。
「なんとしても、ヤマトの皇子を捕らえるのだ。我が穂の国を亡ぼすためにヤマトから現れた悪しき者だと民に知らせ、所在と突き止めるのだ。」
「それなら、郷の長を集めましょう。そして、私が号令いたします。そうすれば、皆も信じるでしょう。」
アリトノミコトの声は嬉々としている。
「それだけでは足りぬな。・・そうじゃ、あの船はどうしておる。郷の長が集まったところで、あの船が姿を見せ、近くの郷を襲うようにするのだ。ヤマトへの憎悪が高まり、確実に、ヤマトの皇子を捕らえる事が出来よう。」
サスケは全ての話を聞き、タケルたちに危険が迫ることを察知した。七日後に吉田の郷に戻ることを約束したが、それでは間に合わない。一刻も早く、タケルたちの許へ知らせなければならない。だが、タケルたちは今どこにいるのか。チヤギやアリトノミコトがタケルたちの居場所を突き止める前に、何としてもタケルの許へ行かねばならない。だが、今動くわけにはいかない。
チヤギとアリトノミコトは一通り話を終えると部屋を出て行った。サスケたちは音を立てないよう社務所の床下から出ると社を抜け出した。急がなければならない。逸る気持ちで、つい、音を立ててしまった。
「床下に誰か潜んでいるようじゃ。」
チヤギが気付いた。
「床下に賊が潜んでおる。捕らえよ!」
アリトノミコトが号令すると、社のはずれから、何人もの男たちが現れた。そして、社務所の床下へ飛びこみ、サスケ達を追う。
「お前たちは何としても、このことをタケル様達にお伝えせよ。」
サスケが言う。
「サスケ様は?」と伴の一人が言う。
「私が囮になり、男どもを引き付ける。良いな、何としても逃げ延びよ!」
サスケはそう言い残すと、床下深く更に潜り込んでいき、わざと物音を立てる。追手の男達は、暗闇の中、音のする方に向かう。
キラとクラは、男たちが通り過ぎるのを息を殺して待ち、何とか床から這いだして、社の森を走った。広い森をとにかくひたすらに走り、川岸を目指した。そして、そこから豊川に沿って海を目指した。
陽が上り、辺りがはっきりと見えるようになった頃、キラとクラは疲れ果て、浜に座り込んでしまった。キラとクラは双子だった。幼い頃から互いに競い合い、春日の杜では足の速さでは誰も敵う者はなかったほどだった。
「サスケ様は如何為されたかな・・・。ご無事だと良いが・・」とキラが呟く。
「サスケ様はきっと大丈夫だ。それよりタケル様に・・。」とクラが答える。
「クラ、お前はヤスキ様のところへ行け。万一の事を考え、渥美や知多に援軍を求めるのだ。いずれ、あいつらを倒さねばならぬ。味方は少しでも多い方が良い。」
と、キラが言う。
「だが、タケル様は戦にせぬようにと言われていたぞ。」とクラ。
「いや、これは戦ではない。征伐だ。悪しき者は排除せねばならぬ。この地の者にとっても、やつらがいる限り、平穏には過ごせぬ。それに、水軍なら民を巻き込むような戦にはならぬ。」と、キラはクラを説得した。
「わかった。すぐに渥美へ行く。そして、知多へ・・。」と、クラも決心したようだった。
「キラよ。なんとしてもタケル様にお知らせするのだ。良いな。」と、とクラが言う。
二人は背を向け、走り出した。

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