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2-7 三河の小島 [アスカケ外伝 第2部]

キラは海岸を西へ向け必死に走る。郷が見えた。
キラは郷の者に気付かれぬよう、身を隠しながら、郷の中を進む。どこかにタケルたちがいた痕跡があるはず。そう信じて御津浜の郷を行く。小さな郷はすぐに抜け、再び海岸に出た。気は焦るばかりだった。一刻も早くと思いながらも、タケルたちを見つける手立てさえ浮かばず、かといって郷の者に訊く事もできない。
「もう、次の郷へ向かわれたのだろう。」
再びキラは走り出す。御津から隣の三谷の郷までは、崖が続いていて、狭い海岸線を抜けるほかなかった。腰まで水に浸かるような場所もある。何とかそこを抜けると、斜面に広がる郷に出た。漁師の郷のようで、多数の小舟が港に着いていて、郷の者達が米を運びこんでいるようだった。
キラは目を凝らして様子を探る。しかし、ここにもそれらしき姿はない。
タケルたちは少し前に、三谷の郷に着いていて、長の館に居た。
三谷の郷は漁師ばかりの郷である。斜面に家屋が繋がるように並んでいる。平地が少ないため、米作りはほとんどできなかったため、御津から米を分けてもらう代わりに、海産物を渡している。御津から来た者の案内で、港を見下ろす場所に建つ長の館に着いていた。
タケル達は、イサヒコの案内を得て、三谷の長と対面することができた。
三谷の長は、「頭(かしら)」と呼ばれていた。郷の者のほとんどが漁師であり、その漁を纏める役目、頭目であったからだった。三谷の郷は、千賀一族が代々、頭を務めてきた。今の頭は、イサキと言い、背が低く小太り、目ばかりぎょろっとした男だった。荒っぽい漁師たちを束ねるような器量はなさそうに見えたが、実のところ、潮を見る力に長けていて、イサキが漁場を定めると必ず大量になるという伝説を持つほどの男であった。
タケルに対面して、頭は少し緊張した面持ちであった。これまでの事を詳細に話した。そして、海に出没する怪しい軍船の事を尋ねた。一通り、タケルの歯暗視を着たイサキは、おもむろに口を開いた。
「あの島は我らのもの。海の神は社を壊され怒っておられる。このままでは我らもただでは済まぬ。そのうち、天罰が下るはず。・・この機会に、あの島を我らの手に取り戻したい。」
イサキは積年の恨みを一気に吐き出すように言った。
「島にいる衛士の様な者達の数は僅か。一気に攻めれば奪還できるとは思うが・・いずれ、アリトノミコトの軍勢に攻められるのは確か。ただただ、じっと我慢してきたのだ。」
イサキの立場であれば賢明な判断だと、イサヒコは宥めるように言った。
「とにかく、あの島の秘密を掴みたいのです。もし、あの軍船は居れば、此度の戦の張本人が、チヤギであることは明白になります。そして、ヤマトが穂の国を侵すという話も全て嘘だと、郷に知らせる事もできます。」
タケルが言うと、イサキもイサヒコも頷いた。
夕暮れを待ち、タケルたちは、三谷の漁師、ジンの船で大島へ向かった。港からそう遠くはない。見張りがいても、夕暮れの薄明かりでは船影は判別できることはない。船を、島の北側の砂浜に着け、そこから、タケルたちは島へ入った。浜には小さな小屋があった。
「ここは、以前、我ら漁師が休むために使っていたものです。神域になってから使うことはなくなりました。そのうち朽ち果てるでしょう。」
ジンはそう言って、戸を開ける。中は随分荒らされていた。とりあえず、ジンと、タケルとミヤ姫、サトル、キンジ、クヌイはここで朝を迎える事にした。
夜明けとともに、島の中を探る。タケルたちが上陸した砂浜から、山へ向かって、社に向かう一本の道が伸びている。まず、そこへ向かった。新しい社が一つ建っていて、脇には社務所もある。年に一度の祭事以外使うことはないはずだが、社の前の篝火には、新しい炭灰がある。そして、社を一回りすると、裏手にも参道があることが判った。その道は、島の北側へ通じているようだった。
「その先は断崖のはず。なぜ、そんなところに道が?」
イサキは首を傾げつつ、その道を進んだ。少し下った辺りで、イサキが急に腰を屈める。皆も急いでしゃがみこんで身を隠した。
「その先に・・人影が見えます。」
イサキが囁くように言った。キンジが先頭に出て、目を凝らす。
「確かに、数人が居ります。それに・・・船が見えます。」
キンジがタケルに言う。
「どうしますか?」とサトルがタケルに訊く。その船が、ヤマトの古い旗印を掲げた軍船かどうか確かめたかった。
「誰か来ます。」とサトル。近づく足音を聞いたのだ。
「周囲を囲まれたようです。」とクヌイが言う。兵の匂いを感じたのだ。
タケルたち一行には、漁師のジンもいる。ここで戦えば、誰かが傷つく。
「そこで何をしている!」
大きな男が、銛を翳して、強い口調で言った。低い木々の間から、何人もの男の姿が見えた。着衣から、その男たちは兵ではない様に思えた。タケルが剣を構えれば男達を倒す事など容易い。タケルは抵抗せず、捕まることを選んだ。
男達は、タケルたちを荒縄で縛り、崖下の入り江に連れて行く。そこには、もっと多くの男達が居た。そして、その中の頭と一目でわかる様な大男に、タケルたちを縛り上げた男が何か話している。サトルは聞き耳を立てる。
「どうやら、頭目と呼んでいるようです。こいつらは漁師のようです。」
サトルは、タケルに囁いた。
「あの船も、我らが見た軍船とは違う。軍船はもっと大きかった。」
タケルも囁くように言った。
暫くすると、頭目と呼ばれる大男がタケルたちのところにやってきた。頭目は、縛り上げられたタケルたちをじろじろ見ながら、一回りした。
「お前ら、何者だ!その成りは、穂の国の者では無かろう。」
ガラガラ声で怒鳴るように頭目が訊く。
それに、ジンが思わず反応して口を開いた。
「この御方は、ヤマトの皇子タケル様です!」
それを聞いて、頭目は「ほう・・ヤマトの皇子とは・・。」とにやりとした顔で言った。

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