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2-8 幡豆の漁師 [アスカケ外伝 第2部]

「ヤマトの皇子がなぜここに居る?・・あの軍船はヤマトのものであろう。置いて行かれたというわけでもなかろうが・・。」
頭目の言葉に今度はタケルが反応した。
「あれはヤマトのものではない。ヤマトには海はない。軍船など持つことはない。見当違いも甚だしい。」
タケルはわざと頭目を煽るような物言いをした。
「なにい!?」
頭目は真っ赤な顔で怒りをあらわにする。それを見て、タケルは全身に力を入れた。荒縄で縛られた時、かなり雑な縛り方をされたのが判っていた。少し力を込めれば引き千切ることができる。同時に、剣が輝き始めた。
何が起きているか判らぬ様子で、頭目以下取り巻く男たちはあっけに取られている。その間に、タケルは荒縄を敢えて大袈裟に引き千切り、頭目の前に立ちあがった。そして、光輝く剣を目の前に突き出した。
「うわあ!」
頭目が尻もちをついて座り込む。
「さあ、名乗ってもらいましょう。」
タケルはそう言って頭目の目の前に剣を突きつける。
「・・幡豆の漁師の頭目・・イカヤ・・と申す。」
形勢は逆転する。タケルは、ミヤ姫たちの荒縄をほどく。取り巻いていた男たちも、手にした銛や鈎を置き、頭目の隣に並んで座った。
「我らもあの軍船を探しております。ヤマトの古い旗印を掲げ、この地を脅かしていると聞き、何としても正体を突き止めるため参りました。」
タケルは優しい声で頭目たちに話した。
「我ら、幡豆一族も同様。時折、我らの漁場に現れ、漁船を襲う事もあり難儀をしておりました。数日前、西浦の沖で軍船を見た者がおり、我らはその船を追っておりました。どうやら、この島に潜んでいると判り、昨日、ここへ参りました。ですが、軍船の姿はなく、どうしたものかと考えておりました。」
頭目イカヤは正直に話した。タケルは周囲を調べるよう、サトルたちに命じた。
「タケル様、これは・・。」
見つけたのはクヌイであった。持ってきたのは、弩で放った鉄の矢だった。根元に、伊勢の紋章があしらわれていた。
「ここにあの軍船がいたのは間違いないようですね。」とタケル。
「いったい、どこに行ったのでしょう?」と、サトルが訊く。
それを聞いて、頭目イカヤが口を開く。
「この辺りには幾つも島があります。ここは一時的な隠れ家でしょう。我らの住む幡豆の沖にも幾つか島がある。ただ、いずれも小島ばかり。もしかしたら、途中の西浦辺りではないかと・・。」
頭目が言うと、脇に座っていた漁師が口を開く。
「西浦の先っぽに深く入り込んだ港があるぞ。」
他の漁師も続けざまに話しだす。
「ああ、あそこなら、昔、俺も使ったが、岩場ばかりで潮の流れが難しく、危なくて、今は誰も使っちゃいない。だが、大きな船なら、そんなことお構いなしのはず。船を隠すにはちょうど良いかもしれねえ。」
その話に、他の男達も頷く。
「だが・・それなら、西浦の奴らが悪さをしてるってとかい?」
と他の男が口を出す。
「いやあ、そりゃないだろ?甲冑に身を包んだ奴らだったって聞いたからな。あんなもん、西浦の奴らは持っちゃいない。」
「でもよ、近ごろ、西浦の奴らの船は見たことがないぞ?昔は漁場の取り合いだったんだが・・めっきり姿を見なくなったぞ。」
「頭目、あんた、西浦の頭目と近頃あったかい?」
話は一回りして、ようやく頭目イカヤのところへ戻ってきた。
「西浦の頭目は重い病で寝込んでいると聞いた。もう数年会ってはおらん。」
そこまで聞いてタケルが訊いた。
「では、そこが軍船の本拠地かもしれないのですね?」
頭目イカヤは少し考えてから答える。
「だとすれば、西浦の郷の者達が・・・。しかし、昔からあの郷は、穂の国の王には従えぬと言っていたのだが・・・。」
意外な答えにタケルは、「何かあったのですか?」と訊いた。
「我らもそうだが、西浦も米が取れない。だから、近隣の郷に頼らざるを得なかった。三谷の郷は隣の御津浜と上手くやっている。形原の郷は、北の額田の郷と懇意だ。我ら、幡豆の者は、矢作の郷に頼ることになる。西浦の郷も、矢作や額田の郷に頼った。だから、八名や石巻、吉田の郷の者達とは余り親しくはしてこなかった。アリト王が治める穂の国は名ばかり。砥鹿の社の力がなければ、きっと、みな従わぬ。西浦の者にとっては、穂の国などどうでも良い存在なのだ。・・まあ、我らも同様だが・・」
頭目イカヤはようやく本音を話したような顔つきだった。
「そのような郷が、今になって、アリトノミコトに味方するとは、やはり考えにくい事ですね。」
タケルが答えた。
「頭目、・・さっき、西浦の頭目が病とか言ってたが・・跡目はどうなってる?」
漁師の一人が訊いた。
「跡目か・・・そのような者の名は聞いたことがない。」
「なら・・頭目を亡くし、その隙に、西浦の漁師たちの頭目になった奴がいるんじゃないか?」
漁師の頭目は、力のある者が継ぐというのが習わしである。そう云う者がいなければ、その集団は脆い。力づくで頭目となるというのは尋常ではないが、例えば、強力な後ろ盾があれば可能かもしれない。圧倒的な兵力をもって従わせるという事もあるかもしれない。渥美国のイソキや、知多国のイソカが、まさにそうだった。
「アリト王かチヤギが、意のままに動く、将を送り来んだという事も・・」
タケルが呟くと、頭目イカヤも、「おそらく・・。」と頷いた。

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