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2-10 成敗 [アスカケ外伝 第2部]

サトルたちは、部下たちを既に倒していた。
ただ一人、将軍リュウキだけになっていたが、ミヤ姫を人質にされ、タケルたちは動けなくなってしまった。
「卑怯な・・」と、タケルが言うと、リュウキはニヤリと笑みを浮かべた。
「さあ、剣を置け。俺の勝ちだな。」
そう言って、じりじりとタケルの前に進んでくる。そして、落ちていた部下の剣を手に取ると、切っ先をタケルの顔に向ける。
「さあ・・どうした?」
リュウキはそう言うと、今度は、ミヤ姫の喉元に剣を当てる。
ミヤ姫は、懐に持っていた鏡を握り締めた。すると、光が漏れ始め、タケルの剣も呼応して光り始めた。見る間にタケルの体が獣人に変わっていく。将軍リュウキよりさらに大きく、腕も足もすでに獣のごとく剛毛に覆われ、鋭い眼光でリュウキを睨む。
「ば・・化け物・・・。」
リュウキは目の前のタケルの変化に驚き、腕の力が少し緩んだ。
その隙に、ミヤ姫が、短剣を取り出し、リュウキの利き腕に突き立てた。
「うわあ・・」
ミヤ姫は自ら腕を振りほどき、タケルの背に隠れる。
「さあ、どうする!」
今度はタケルがリュウキに向かって叫ぶ。
リュウキは、叫び声を上げながら、太い金棒を振り上げ、タケルに迫る。獣人タケルは大きく飛び上がり、帆柱の上に立つ。もはや、リュウキは正気を失っているようだった。辺りにいる者に金棒を振りまわし襲い掛かる。周囲に居た兵たちが逃げ惑う。
「成敗!」
タケルはそう叫ぶと、剣を上段に構えて、帆柱から飛び降り、リュウキに一撃を見舞った。リュウキはその場で打ちのめされ、甲板に転がった。すぐにサトルたちがリュウキの全身を荒縄で縛り上げた。
タケルは元の姿に戻っていた。いつもなら自分の意志で獣人に変化するのだが、今回は、ミヤ姫の意志によって獣人となった。それは、当の本人には余りにも不思議な感覚だった。
「タケル様、覚えていませんか?大和に居た頃、一度、山中で熊に出くわしたことがあったでしょう。その時、私は怖くて、タケル様から戴いた鏡を握り締め助けてと願いました。すると、傍に居たタケル様は獣人に変化し熊を追い払ってくださいました。此度も、きっとお助け下さると信じておりました。」
ミヤ姫は平然とそう言った。タケルもそう言われて、その時の事をぼんやりと思い出していた。夢中で熊を追い払ったことだけは思い出したが、獣人に変わっていたという記憶はなかった。
リュウキと部下たちは荒縄に縛られた格好で、タケルとミヤ姫の前に座らされた。サトルは、周囲に居た幡豆の漁師たちに合図を送ると、小舟が軍船の周りに集まってきた。どうやら、幡豆の漁師の中には、西浦の者達の顔見知りもいるようだった。互いに、無事を確認し安心した様子だった。皆が取り巻いて見ている中で、リュウキ達へ尋問が始まった。
「さあ、話してもらおう。この船は誰の物だ?」
サトルがリュウキに訊く。リュウキは、目を閉じ口を噤んでいる。
「命を賭けても話さぬつもりか?」
今度は、クヌイが剣を顔の前に突き出して訊く。だが、表情一つ変えない。
キンジは、他の二人よりも、少し気が短い。隣に座る部下の男の腕を捻じり上げ、「話さぬか?」と攻める。
それを見ていた兵だった漁師の一人が、山の方を指さして口を開く。
「あの・・狼煙が上がっております。」
「狼煙?」
とキンジが目を凝らす。西浦の郷の更に向こうの山手で、一筋の煙が見えた。
「あれが出ると、リュウキ様は船を大島へ向かわせます。」と漁師が答える。
「そして、翌朝には戦へ・・この間は、渥美、福江沖へ行きました。だが、弩でやられて・・慌てて逃げ帰りました。」と別の漁師が答える。
「あなた方は、兵ではなく、西浦の郷の御方なのでしょう?」
と、ミヤ姫が訊くと、皆、頷いた。
「郷は、こいつらに襲われ、頭目も殺され、挙句の果てに、妻や子供は、皆、人質にされ、止む無く兵になったんです。」とまだ若そうな漁師が泣き顔で言う。
「郷にもこういう輩がいるのですか?」とタケルが訊くと、「いえ・・何処の者かは知らない・・兵たちが居ります。こいつらと一緒にやってきて、郷を荒らしました。」と答えた。
タケルは軍船を使って、西浦の郷へ向かう。郷の桟橋には、漁師たちが言った通り、甲冑を着た兵が数人、見張りをしていた。
甲板に、荒縄で縛ったリュウキを立たせた。
それを見た兵士たちは何が起きたのかすぐに理解した様子で、抵抗せず、タケルたちを郷に入れた。人質となっていた人たちは解放され、漁師たちは無事に家族と対面した。タケルは、リュウキが率いていた兵たちを集める。
「さあ、これからどうしますか?」
タケルの言葉に、兵たちはあっけに取られている。大将が討ち取られた今、兵たちも同様に厳しい処罰を受けると決まっていた。もはや、命はないものと考えていたからだった。
「西国から逃れてきた者、北の伊那国や東の遠江から来た者、みな、故郷を追われた様な者ばかりです。穂の国で、食うに困りふらふらしているところをリュウキ様に声を掛けられ兵になっただけ。・・赦されるなら・・」
兵の一人は捲し立てるように言い始めたものの、結論が出ず押し黙ってしまった。例え罪を赦され解放されたとしても、もはや行くところなどない。また、喰うに困り、盗人になるか野垂れ死にか、いずれにしても、まともな生き方などできない。
「私はヤマトの皇子です。これから、穂の国に巣くう悪しき者を退治せねばなりません。手を貸してもらえませんか?」
そうやって、今後について、自らに決断させた。
タケルは、リュウキ達を軍船の一番底にある船倉に入れ、心を入れ替えた兵たちとともに、大島へ向かうことにした。西浦からは僅かな距離だった。

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