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2-11 兎足の神 [アスカケ外伝 第2部]

同じころ、穂の国の王アリトノミコトは、郷の長達を、兎足(うなたり)の郷にある館に集めていた。
兎足の郷は、昔、大陸から来た者がこの地を開き、その一族が郷を築き、たいそう栄えていたのだが、アリトノミコトが穂の国の王を名乗った際、神官チヤギが大陸から来た邪神を崇める一族は穂の国の災いとなると言ったため、その一族を滅ぼしてしまったのだった。その顛末を知る周囲の郷の者にとって、この地は心痛む場所であった。
アリトノミコトは、大広間に長達を集め、号令する。
「ヤマトの皇子が我が穂の国を侵そうとしておる。その証拠に、これを見よ!」
広間には、顔を腫らし血を流し、息絶え絶えになっている男が引き出された。
「こやつは、あろうことか、砥鹿の社に忍び込み、神官チヤギ様の御命を狙っておったのだ。我が臣下が、取り押さえた。・・折檻して問い詰めると、ヤマトの皇子の遣いと吐いた。すでに、ヤマトの皇子が我が国へ入り込んでおるぞ。」
吉田の郷の長は、周囲の長達の様子を見た。自分の郷に居た事が誰かの口から漏れたのではと不安に感じたからだった。
すぐ隣には、石巻の長が座っていた。
「気にすることはない。あれは替え玉じゃ。」
石巻の郷の長は、囁く。
そして、その隣には、御津浜の長も座っていて、小さく首を横に振る。
よく見ると、周囲の郷の長は誰ひとり、アリトノミコトの言葉をまともに聞いていない。皆、じっと頭を下げたままだった。
「ヤマトの皇子は、怪しげな術を使い、人を惑わせ、渥美国と知多国を攻略した。我が妹、イカナ姫が、先日、渥美から戻り、涙を流し、仇を取ってほしいと言ったのだ。悪しき者に穂の国を取られてはならぬ。良いか、ヤマトの皇子を何としても探し出し、捕らえるのだ。」
長達の反応は鈍い。静かに頭を下げたままだった。
「ええい、聞いておるのか!」
一同は、返答せずに深く頭を下げるだけだった。広間の隣りの部屋には、神官チヤギが控えていて、じっと聞き耳を立てていた。
「ふうむ・・何か変だぞ。・・・」
チヤギはそう言うと、傍に控えていた衛士に、何かを告げた。すると、衛士は立ち上がり、一旦外に出てから、広間に入ってきた。
「王様、沖に、ヤマトの軍船が現れました。」
アリト王は一瞬笑みを浮かべた。
「やはり、来たか!・・者ども、郷が危うい。すぐに郷へ戻り戦支度をせよ。そして、皇子を見つけ出すのだ。」
アリト王はそう言い放つと、広間を出て行った。
大広間に残された郷長たちは、アリト王が館を出て行くのを確認すると、車座になり、話し合った。
「あれはすべてチヤギとアリトノミコトの謀。皆さま、信じてはなりません。私は先日、ヤマトのタケル様と逢い、これまでの経緯をお聞きしました。ヤマトは他国を侵す事などありません。」
切り出したのは、御津浜の長だった。
「ああ・・間違いありません。」
そう答えたのは吉田の郷長だった。
「皇子の遣いと言っていたが、伴をされていたのはサスケ様。体格も衣服も違います。あれは、八名の民の誰かでしょう。・・可哀そうに・・。」
そう言ったのは、石巻の長だった。
「しかし・・軍船が現れたと・・。」
そう聞いたのは、日色野の郷長だった。以前にも水軍に荒らされた郷で、人一倍、軍船に神経質になっていた。
「ヤマトは水軍を持っておらぬのです。」
と御津浜の長が言うと、三谷の頭目も
「ああ、間違いない。タケル様は、軍船の正体を突き止めると言われ、大島へ向かわれた。そこには、幡豆の漁師たちがいた。・・軍船の隠し場所にもなっていた。あれは、チヤギとアリトノミコトが仕組んだものに違いない。」
と言った。
「だが・・これから、どうすれば良い?」
日色野の郷長が皆に訊く。
「探しているふりをすれば良かろう。軍船も襲ってくることはない。」
と三谷の頭目が言う。
「いや・・戦支度をしましょう。いずれは、あのチヤギとアリトノミコトを成敗せねばなりません。タケル様が戻られた時、我らもすぐに立ち上がり、この国を悪しき輩から守りましょう。」
御津浜の長が皆に言うと、長達は強く頷く。
郷の長一同は、館を出ると、館の裏に広がる森の中へ分け入っていく。そこには、かつてアリトノミコトに滅ぼされた兎足一族の御霊を祀る小さな祠があった。兎足の一族は、遠く大陸からこの地へ辿り着き、田畑の技術や知恵を周囲の郷へ広げ、互いに助け合うことの尊さを教えた。穂の国の者にとっては、砥鹿の神官やアリトノミコト王よりもずっと崇めるべき存在であった。無残に滅ぼされた時、周囲の郷の者は、助ける事もできず、ただじっと息を潜めていた。それは、ここに集まった郷長の胸に深い傷として刻まれていたのだった。
「兎足様・・我らの罪をお許しください。きっと無念を晴らして差し上げます。我らに力をお貸しくだされ。」
御津浜の長が皆を代表して、祠の前で誓う。そして、それぞれの郷へ向けて帰って行った。
チヤギとアリトノミコトは、鵜足の館を一足先に出て、砥鹿の社に戻っていた。
「郷長の奴ら、様子がおかしい。何か企んでおるぞ。」
チヤギがアリトノミコトに言う。
「郷の長たちが?・・あのような奴らに何が出来ましょう。逆らえば、また、あの兎足一族のごとく、皆殺しにすれば宜しかろう。・・ヤマトへ味方する謀反者とすれば何の問題もないでしょう。」
アリトノミコトは、自信ありげに言う。
それを聞き、チヤギは「この男もここまでか」と見限る思いを抱いた。

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