SSブログ

2-13 八名の郷 [アスカケ外伝 第2部]

夕暮れが近づいていた。
アリトノミコトは、川に近づき、ひと掬いの水を口にした。見ると、手も足も泥に塗れている。衣服もあちこちが破れ、酷いありさまだった。アリトノミコトは落胆し、その場に座り込んだ。
「アリトノミコト様・・向こう岸に人影・・いや、松明の灯りが・・。」
何とかここまで付き添ってきた兵の一人が、座り込んでいるアリトノミコトに告げる。ふと、顔を上げてみると、確かに対岸に多くの人が松明を掲げて並んでいる。
「我が郷の者か・・おお、我を迎えに来てくれたか!」
アリトノミコトは、嬉々として立ち上がる。そして、対岸に向かって手を振った。
「サスケ様!あそこに人影が見えます。」
対岸に居たのは、サスケが率いてきた八名の軍勢だった。
サスケは、砥鹿の社で、追手を巻き、いくらかの傷は追ったものの、何とか逃れる事が出来た。サスケは川の畔まで逃れたものの、腕の傷が深くその場で動けなくなっていた。対岸には八名の郷があった。
サスケは、川岸で動けなくなったところを、八名の漁師の頭目クマジに救われた。
「その傷はどうされた?」
クマジは、尋常ではないサスケの姿に驚き、郷の家の連れて帰り、手当をした。落ち着いたところで、サスケは砥鹿の社で起きている事を、クマジに話した。
「その様な事が・・・。」
クマジは、サスケの話を聞き、苦い顔をしている。
そして、クマジは、八名の郷についてサスケに話した。
八名の郷は、川の漁が盛んだった。田畑を耕しながら、川の魚を取り、慎ましい暮らしをしていた。アリトノミコトの父が長となってからは、兵力を高め、周囲の郷へ戦を仕掛け、次々に従えていった。八名の民は、こうしたアリトノミコトの父の横暴にただただ耐えてきた。郷の民の不満が高まる中、アリトノミコトの父が急死する。再び平穏な郷に戻ると民は期待したが、跡を継いだアリトノミコトは、父の遺志を継ぎ、神官チヤギと画策し、穂の国の王の座に就いた。そして、今度は、さらに多くの兵を集め、伊那国攻めを行った。多くの男達は、伊那国との戦の中で命を落とし、周囲の郷から、八名の郷は恨みを買うことになっていたのだった。
「我が郷の長一族とは言え・・恥ずかしい限り・・我が郷の中で済むことであればまだしも・・周囲の郷の者を苦しめ・・更に此度は、渥美や知多まで・・いえ、ヤマトをも巻き込むような悪しき事を行うなど・・もはや、許すまじきこと・・。」
頭目クマジの目には、悔し涙が浮かんでいる。クマジは漁師を集め、サスケの話を伝える。それは、周囲の郷にも伝わっていく。そこへ、御津浜からの使いが来た。
アリトノミコトやチヤギを倒し、穂の国をもとの美しく穏やかな国に戻すためならと、北の郷のものも大きな軍勢となり、砥鹿の社へ向かっていったのだった。
軍勢の男達は、漁に使う小舟を出し、対岸へ向かう。
手を振る男は、全身、薄汚れていて、脇には二人ほど甲冑を身に纏った兵がついていた。
「あれは・・アリトノミコトだ。」
サスケが囁くように言う。小舟が岸辺に近づき、松明を掲げて、アリトノミコトを取り巻いていく。
「これは・・どうしたことか・・八名の衆は我を助けに参ったのであろう。」
アリトノミコトは異様な雰囲気に、置かれている状況が少しずつ判ってきた。
「覚悟せよ!」
アリトノミコトの前に、サスケが立ち、剣を構える。ついていた二人の兵は多勢に無勢、すでに観念して、跪いていた。
「我は・・穂の国の王であるぞ!」
アリトノミコトは、僅かに残った力で立ち上がり、剣を抜いた。
「往生際が悪いぞ。剣を捨てよ!」
サスケが叫ぶ。だが、アリトノミコトには通じない。周囲に居た者に向かって、無暗に剣を振りまわす。見かねたクマジが、漁で使う銛をアリトノミコト目掛けて投げた。銛はアリトノミコトの体を貫き、その場で果てた。

砥鹿の社の周囲には、驚く数の民が集まっていた。手には松明を掲げている。
だが、社は高い獣返しの柵や堀が巡っていて、容易には近づけない。大門を開こうとするが、びくともしない。そこへ、サスケ達の軍勢がやってきた。既に、アリトノミコトの亡骸は河原に埋められ、御首だけが運ばれてきた。
「タケル様・・御無事でしたか?・・アリトノミコトは討ち取りました。」
サスケは、軍勢の中にタケルの姿を見つけ、直ぐに傍に来た。
「サスケ様もご無事でしたか?・・おや、他の者はどうしました?」
タケルが訊く。サスケは、砥鹿の社でのことを具に話した。
「では、キラ殿たちは私を探しに・・しかし・・出会っておりません。どこにいるのでしょうか?」
そう話しているところに、キラがようやく顔を見せた。
「幡豆の郷まで行きました。そこで、此度の事を聞き、郷の者たちとともに参りました。・・クラは、すぐに、渥美へ行きました。おそらく、その後、知多へ向かったと思います。大戦になるなら援軍が必要ではないかと・・」と、キラが答える。
「それは・・ご苦労でした。ですが、もはや、戦などにはならないでしょう。」
砥鹿の社を取り巻く民は、どうにか、社への入口を開いた。そこから、一気に、社の中へなだれ込んでいく。止めようがない勢いとなって、全てを包囲している。
「チヤギ!チヤギはどこか!」
社を取り巻く民の声に、神職たちは逃げ惑い、社の廊下にへたり込んでいる。民衆は社の戸をことごとく開き、チヤギの行方を探す。ついに、最後の隠れ場所と見られる奥の社に迫る。
「チヤギ!」
イサヒコが戸を蹴破り中に入る。しかし、そこにチヤギの姿は無かった。室内は荒れていて、急ぎ必要なものだけを手にいずこかへ姿を消していた。
砥鹿の社に集まった民衆を前に、イサヒコが呼びかける。
「もはや、穂の国を誤った道に進めた悪しき者は退治された。この先、再び、安寧で豊かな国を取り戻そうではないか!」
集まった民衆は、大きな歓声を上げた。

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント