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2-14 設楽の荘 [アスカケ外伝 第2部]

チヤギは、数人の伴を連れ、社を抜け出していた。砥鹿の森から本宮山の山裾まで進むと、北へ向った。
豊川(とよがわ)の右岸は、幾層もの河岸段丘になっていて、八名の郷の対岸に当たる場所には、幾つもの郷があった。その中心でもある、千秋の郷には、砥鹿の社の分社があり、この周辺の郷は、設楽の荘と呼ばれる、砥鹿の社の領地であった。三河湾からはかなり奥まった場所であり、神官チヤギが実質的な領主であった。
砥鹿の社を取り巻いた郷の民は、いずれも海に面した郷の者であり、この騒ぎは、千秋の郷には伝わっていなかった。
チヤギ一行は、夜のうちに、分社の隣にある館に入った。夜が明けると、周辺の郷へ使いを出し、郷長達を集めた。
「海沿いの郷の者達が、怪しげな術を操るヤマトの皇子に操られ、砥鹿の社を襲った。わしは、神の御力によって守られた故、ここへ戻ることができた。だが、きっと、ここへも攻め入るに違いない。皆、戦支度をするのだ。穂の国の守り神を蔑ろにする輩は殲滅せねばならぬ。」
チヤギは、居並ぶ郷の長を前にこう言った。
それを聞いた郷の長達は、恐ろしき事と震えあがるとともに、神をも蔑ろにする輩は赦せぬ、砥鹿の社を取り戻そうと立ち上がる。
こうして、数日のうちに、千秋の郷を中心に、多くの民が兵となり、砥鹿の社を目指し動き始めた。
タケルたちは、砥鹿の社を出て、アリトノミコトが住んでいた館へ移り、これからの国作りの相談をしていた。集まった多くの民はそれぞれの郷へ戻り、館には、主だった郷の長とタケルたちがいた。
そこに、八名の郷から使いが来た。
「北から大軍がこちらに向かっております。チヤギの軍勢のようです。」
それを聞いたイサヒコが言う。
「やはり北へ逃げていたか・・・」
「すぐにこちらも兵を集めねば・・。」と他の長が言うと、居並ぶ長達も同調する。だが、そうなると大きな戦となる。穂の国の民同士が戦うことになるだけで、何も得るものはない。
イサヒコは、タケルたちに、砥鹿の社の領地の話をする。
「それぞれが信じる者のために命を賭けるということですね。」
タケルは、空しかった。いつまで経っても戦の火が消えない。民を纏め、国を率いる者が、私利私欲に走る事が如何に重大な罪であるか、なぜ気付かないのか。戦う事で何が得られるというのか。
「皆さま、もう戦は止めましょう。ここへ向かう兵たちは、皆の同胞。悪の根源は、チヤギ一人。そのために、多くの命を失う事は無意味です。」
タケルが言う。
「しかし・・」と長達が言う。
「私たちは、すぐにここを離れ、それぞれの郷へ戻りましょう。砥鹿の社を明け渡せば、軍勢も引き上げるほかないはずです。」
「それでは、また、チヤギが砥鹿の社の神官となってしまいます。」
と、石巻の長エジツが問う。
「例え、神官の座に就いたとして、皆様はもはや神官の言葉に惑わされることはないでしょう。いえ、それ以上に、これまでのように砥鹿の社を崇める事もなくなるはず。そうなれば、チヤギなど何の力も持たぬ者になるはずです。」
「しかし・・設楽の荘の者達は、チヤギを領主と崇めております。我らの郷を従えるために、設楽の荘の者を使って、戦を仕掛けてくるのではないでしょうか?」
御津浜のイサヒコも訊く。
「やはり、チヤギを倒さねば戦は終わりませんか?」
タケルは、心を決めた。
「判りました。・・・しかし、皆様は手出しされぬ事です。私は、ヤマトの皇様から、この地の戦を収める命を受けてここまで参りました。チヤギを倒す事で全てが終わるのであれば、それは私の役目。」
タケルはそう言うと、サスケを見る。サスケは黙って頷いた。それをみて、サトルやキンジ、クヌイも頷く。
「私も共に参りたい。我が孫娘の命を奪ったのは、神職。きっとチヤギが命令したに違いない。郷の長としてではなく、孫娘のためにも、チヤギの末路を見届けたい。」
石巻の長エジツが申し出た。他の長達も同意した。
タケルたちはすぐに、砥鹿の社に入り、大門を開き、軍勢を向かい入れる準備をした。イサヒコ達、郷の長は、アリトノミコトの館で行方を見守ることになった。
しばらくすると、設楽の荘の軍勢の先頭が、松明を掲げて、社の森へ入ってきた。様子は、見張りによって逐一、館にも知らされていた。
終に、軍勢は社の大門に到達する。開け放たれた大門を訝しがりながらも、続々と兵たちが社に入ってくる。ついに、チヤギのいる本体も社に入った。
「チヤギ様、敵の姿がありません。」
軍を率いてきた将の一人が言う。
チヤギは、大社の祭壇を背に、軍勢を前に手を上げた。皆、静まり返る。
「敵は我らの力を恐れ、早々に逃げ出した。これは砥鹿の社のご加護によるもの。砥鹿の社は奪還した。再び、砥鹿の社を御力で、穂の国を強き国へしようぞ!」
社の敷地にひしめくように集まる兵たちは気勢を上げた。
チヤギは兵たちの反応に満足そうな笑みを浮かべた。
「此度の騒ぎを先導した、ヤマトの皇子を探し出し捕らえるのだ!そして、民を扇動した、郷長達も同罪である。この軍勢をもって、それぞれの郷へ戦を仕掛けるのだ。良いか、この砥鹿の社に刃向かう者は、すべて、穂の国の敵。そうした輩は、捕らえて、首を刎ねてしまえばよい。我らの前に皆、ひれ伏すであろう。」
チヤギは、砥鹿の社に戻り、目の前の軍勢に過信したのか、饒舌に語る。だが、軍勢の兵たちは皆、その言葉に違和感を感じ、答えるような歓声を上げない。
「どうした?我らは正義である。我に従わぬ者は悪しき輩である。さあ、皆の者、我に従うのだ!」
目の前の兵たちは、ひそひそ話を始めている。
「もうそれくらいで良いでしょう。」
大社の戸を開けて、タケルが姿を見せる。廊下にはサスケ達も出てきた。

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