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第2章 北へ 2-1 角鹿の郡 [アスカケ外伝 第3部]

話し合いの結果、タケルとミヤ姫が越の国へ向かうことになった。道案内には、クジがついた。
大嶋から船で伊香の郷まで向かい、そこからは山越えの道であった。まだ、周囲には残雪があり、峠を越えると、愛発の郷に入る。十軒ほどの民家があるが、半分は山猟師マタギたちが寝泊まりするためのものだった。蒲生の郷で悪さを働いた男たちは、その一軒に隠れ住んでいた。タケルとミヤ姫も、そこで一晩を過ごした。
「越の国府、足羽へ向かうには、笥飯(けひ)の港から、船で向かうのが順当ですが、どうされますか。まだ、多少、波は高い時期ですが、何とか行けるはずです。」
クジは囲炉裏に火を入れ乍ら言う。
北に開いた湾の一番奥まったところが角鹿の郷である。冬の間は、北西側の山が風除けとなる港を、春には東風を防ぐ山裾の港と使うようにしており、郷はその真ん中に広がっている。
翌朝、タケルたちは角鹿の郡へ入る。
川沿いをゆっくりと進むと、山が開け小さな郷に入る。そこは、中の郷と呼ばれる小さな集落だった。その郷の入口辺りで、タケルたちより先に角鹿の様子を探ってきた、シラキが待っていた。タケルたちは郷の者達に怪しまれぬよう、河原の草叢に身を隠した。
「まだ、越の兵たちの姿はないようです。それに、笥飯(けひ)の港は、春を迎え、産物を送り出すために賑わっておりました。」
「若狭、大丹生辺りとは随分と違うようですね。」
タケルが言うと、シラキが答えた。
「おそらく、これまでも、角鹿郡の長が、越の国に従順だったために、そのままにしているのではないでしょうか。若狭国は、一つの国。越の国の支配を受ける事を良しとは思っていない者も多く、敢えて、兵を出せと厳しく求められたのではないでしょうか?」
「では、いずれ、ここは兵たちの拠点となるのでしょう。・・やはり、淡海の国にとっても重要な場所という事になりますね。」
タケルたちは、そこから、シラキの案内で、角鹿の郡の長の館へ向かうことにした。館は松林の中にあり、そこから港まで大通りが続いていて、多くの倉が建ち並んでいる。
「北国からの産物が一旦この港の倉に納められます。一部は、山越えの道を使い、淡海へも運ばれておりますが、大半は、隣国の若狭からさらに西へ運ばれているようです。」
シラキは、館の前でタケルたちに説明する。
「長はどのような御方でしょう?」とミヤ姫が訊く。
「私もまだお会いできておりません。まだ、若いとは聞いておりますが。」
と、シラキは答え、先に、館の門を入ると、門番に何かを尋ねているようだった。すぐにタケルの許に戻ると、
「今、頭領は港に居られるようです。行ってみましょう。」
と言って、館に背を向け、大通りを港に向けて歩き出す。タケルたちも後に続く。
「難波津ほどではありませんが、随分と多くの人がいるようですね。」
タケルが周囲の様子を見ながら言う。
「この地のものだけでなく、遠く、北国から来ている者も居るようです。」
シラキはそう言いながら、頭領の姿を探している。前方に、ひと際声高に叫ぶ若者の姿が目に入った。
「おい、ぐずぐずするな!じきに、越国の軍が来る。早く運び出せ!」
若者は人夫に指示をして、蔵の中の産物を運び出しているようだった。大きな荷車が幾つも並び、山ほどの荷を積んでいる。
「ああ・・あの方が、頭領です。確か・・イザサ様と言われます・・。」
タケルたちは、しばらくその若者の動きを見ていた。遠くからでも姿が見えたのは、イザサ自身が荷車の上に乗っているからだった。利発そうな若者である。厳しい声で指図しているのだが、どこか、楽しそうにも見える。暫くすると、イザサがタケルたちを見つけ、荷車から飛び降りて駆けてきた。
「もしや・・ヤマトの皇子、タケル様ではありませんか?」
タケルは驚いた。初対面のはずだった。
「いかにも、そうですが・・。」
戸惑いながら、タケルが答えると、イザサが笑顔を見せ言った。
「我が手の者が、愛発の郷にヤマトの皇子が居られると教えてくれたのです。淡海国を一つに纏められたと聞きました。・・それに、大きな怪我もされ養生されてもいたと・・もう、宜しいのですか?」
イザサは、全て知っている様子だった。
「どうしてそれを?」
訊いたのは、シラキだった。
「港には様々な人が出入りしております。諸国の動きを知ることは、産物を商う上でも大事な事。我が父からの教えです。淡海にも、山背にも、私に様子を教えてくれる者は居ります故。それに、ヤマトの皇子様の動向は、皆の関心事。様々な噂が流れて参ります故、真偽を確かめるうえでも、多くの者から話を聞くことは何よりなのです。いずれ、この地においでになるであろうとお待ちしておりました。」
屈託のない笑顔を見せて、イザサが言う。周囲にいる人夫たちの様子を見ても、皆から信頼されているのはよく判った。
「さあ、館へお越しください。是非、ゆっくりお話しをいたしましょう。」
イザサはそう言って、タケルたちを館へ案内した。

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