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2-2 笥飯(けひ)の館 [アスカケ外伝 第3部]

「さて・・どこからお話いたしましょう。」
館の離れにある小さな部屋で、イザサはタケルたちと話すことにした。
周囲の者達に、ヤマトの皇子と面会している事をあまり知られたくない様子だった。諸国との信頼で成り立つ生業である。不穏な動きを悟られたくないという事はタケルにも十分に理解できた。
「私を待っていたとおっしゃったようですが・・・。」とタケル。
「そうですね・・それには、今の越の国の事情をご承知おきいただくべきだと思いますが。」
「越国の事ならば、クジ様からもお聞きしておりますが・・。」
「いえ、恐らくそれは表向きの話。実のところ、越の国は既に深い病に侵されておるのです。」
イザサは、そう前置きして、話し始める。
「先代の王が亡くなり、幼き皇子が跡を継がれたというのはご存じのようです・・実は、今、王の座に居られるのは、第一皇子ではないのです。第一皇子は、病に伏しておられます。王には、たくさんの御子が居られますが、男児はヒシオ様と末の男児ヤシオ様のお二人。後は姫君で、お一人は角鹿に輿入れされました。・・実は、わが妻なのです。」
「では、イザサ様は、今の王の義兄ということですか?」
「はい。ヒシオ様の病の事は、身内しか知らぬ事です。わが妻から事情を聴き、私も驚いております。」
「事情とは?」
「はい。先代の王が亡くなったのは、ヤマカが出雲から来たばかりでした。そして、ヒシオ様もすぐに病に倒れられました。」
「流行り病でも起きたのですか?」
と、ミヤ姫が訊く。
「流行り病なら致し方ない事と諦めもつきましょう。」
イザサは哀しげな顔を見せて言う。
「・・まだ、3年ほど前の事です。王もヒシオ様もとてもお元気でした。ですが、ヤマカを側近に置かれるとすぐに体を悪くされ、寝込まれることが増えました。ヒシオ様も同じように・・・当時、王やヒシオ様は毒を盛られたのだという噂も立ちました。」
「事実なのですか?」とタケル。
「判りません。ただ、王に代わり、ヤマカが政の実権を握ると、古くから王に仕えていた者が次々に亡くなったり、姿を消したりされました。毒を盛られたという噂も、あるいは事実なのかもしれません。」
「それが真実なら、忌々しき事。」とタケル。
「わが妻も、王が亡くなった時、足羽山へ出向き、后様を訊ねたようですが、身を守るために何も語れぬとおっしゃったようです。」
「ヒシオ様は今どうされておるのでしょう?」
「足羽山の館から少し離れた所に居られます。后様から妻が聞いて参りました。意識がなく、ただ眠っておられるようだと・・。」
「なんと・・」
「タケル様、ミヤ姫様、お待ちしておったのは、ヒシオ様の病を治していただけぬものかと考えたからでございます。どうか、お二人の御力をお貸しください。」
イザサはタケルとミヤ姫の前に傅いて言った。
タケルとミヤ姫は顔を見合わせる。
「荷を運んできた、美濃の者から東国での奇跡の話を聞きました。此度、蒲生の郷でも、ミヤ姫様はヤチヨ様の御命を奇跡の御力をもって救われたともお聞きしました。越の国を救い、無用な戦を止めるには、何としてもヒシオ様にお元気になっていただき、王の座についていただくほかないのです。そのためには、タケル様、ミヤ姫様の神の御力に縋るよりほかないと考えておるのです。」
タケルも、ミヤ姫も大よその事情は理解した。
「一つ伺っても宜しいですか?」とタケル。
「何でしょう。」
「それ程まで、越の国を思っておられるのであれば、自ら、ヤマカを倒し、王として国を率いていくとはお考えにならないのですか?」
それを聞いて、イザサが困惑した表情を浮かべ、答える。
「私とて、ただ見ている事などできず、幾度挙兵しようと思ったか・・ですが、越の国は、偉大なるオホド王の代から、王族への信頼は厚く、王家の血を受け継ぐ者への忠誠こそ、誇りなのです。例え、私がヤマカを討つために、挙兵したとしても、皆はついては来ないでしょう。そういう地なのです。」
イザサは、ここ数年、捩れるような思いを持ち続けてきたのだった。
「判りました。・・どれほど御力になれるか判りませんが、とにかく、ヒシオ様にお会いしましょう。」
「おお・・何という事・・これで越の民は救われます。」
イザサはタケルの手を握り、涙を流した。
それから、すぐに、クジが呼ばれた。
「クジ殿。これより、タケル様とミヤ姫様を足羽山へ案内してもらいたい。そなたは、幼き頃から足羽山で育ったのであろう。そなたには伏せておいたが、今、ヒシオ皇子が病に臥せっておられる。タケル様とミヤ姫様の御力でお救いするのだ。」
イザサの言葉に、クジは少し驚いた表情を見せたが、素直に返事をした。
「はい。」
タケルとミヤ姫は、越の国の都、足羽山へ向かう事にした。


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