SSブログ

2-3 愛発の砦 [アスカケ外伝 第3部]

その頃、愛発の郷には、イカルノミコトを先頭に、大勢の男達が到着していた。伊香の郷だけでなく、蒲生の郷や多賀、そして、難波津から来た者達の顔もあった。
イカルノミコトは、愛発の郷の手前に陣取って、作業を始めた。
太い木々を山から切り出し、根を掘り越し、平地とし、谷筋近くに石積みを行い、獣除けの柵より一回り大きな柵を谷あいに張り始める。
「良いですか、皆さん。ここは淡海を守る砦。万一、越国の兵が攻めてきても容易には破られぬよう、堅固な砦に致しましょう。」
「おおー!」
皆が集まった席で夜を明かした話し合いの末、無益な戦をせぬよう、越国と淡海との境に、砦を築くことをイカルノミコトが進言し、了解された。
十日ほどで、砦は形になってきた。
それに合わせるように、甲冑に身を包んだ兵士達の一群が、砦に姿を見せた。兵を率いてきたのは、ナミヒコだった。兵の大半は、山城国の民であったが、仰々しい甲冑や大ぶりな剣や槍を担ぎ、谷あいに怒号を響かせる。そして、砦作りに励んでいた淡海の男達も混ざり、静かな谷あいの郷は物々しい雰囲気を出している。
愛発で砦が築かれている事は、すぐに、イザサの耳に入った。
「淡海の衆も動き始めたようですね。我らも、急ぐぞ。」
イザサはそう言うと、港に集まっている人夫達を指揮して、倉の中にある産物を運び出していく。
「越の国の産物はそのままで良い。他国の産物を奪われてはならぬ。角鹿の信用に関わるからな。さあ、急ぎ、奥の倉へ運ぶのだ。」
イザサは、荷車に山のように産物を積み、館の裏山に設えた穴の中へ産物を運んだ。運び込むと、次々に穴は閉じられ、木々を置いて隠していく。
港にある倉の大半の荷物はこうして山中に隠された。
「よし、仕事が終わったら、愛発へ行くのだ。淡海の衆が居られるはず。加勢して、砦作りを進めるのだ。」
人夫達は、イザサの言葉通り、愛発の砦へ向かった。
港には、僅かな男達が残った。郷の女や子供たちは、すでに、金ケ崎の隠れ郷へ逃れている。

同じころ、若狭と高嶋郡の境、天増川と寒風川が合流する辺りにも、高嶋の郡のモリが指図して、大きな砦が築かれていた。
「モリ殿、相談があるのだが・・。」
そう言ってきたのは、ホツマだった。
「ホツマ殿、このようなところにおいでにならなくても・・力仕事は我らがやります。郷へお戻りください。」
モリは、高齢のホツマを心配して言う。
「いや・・おいぼれにも果たすべき仕事はありましょう。・・実は、大丹生の郷長とは、若き頃から知った仲なのです。此度の事を、報せてやれぬものかと思った次第。」
「報せていかがなさるおつもりですか?」とモリ。
「先般、聞いたところでは、兵を出さぬために若者を逃しているとの事。越の将に加担する意思はないのは明白。ならば、我らとともに戦えぬかと持ちかけてみようと思うのです。」
「タケル様は、戦にならぬようにと仰せでした。この砦も、戦の備えではなく、ヤマトと淡海の力を見せるためのもの。」
「それは判っておる。だが、無傷という事は無理であろう。越の軍が港に着き、兵が居らぬと判れば、きっと郷を襲うに違いない。それを止めるには、やはり我らも武器を持つほかないであろう。その時のために、大丹生の郷長と意思を通じておくことは必要ではあるまいか?」
モリは悩んだ。大丹生の郷の民が襲われるのを砦でじっと息を殺して見ている事などできないだろう。かといって、戦となれば、これほどの人数で勝ち目はない。無駄死にするに違いない。
「すこし考えたい。」
モリはそう言うと、砦作りの場所から少し離れ、川筋を眺めていた。
そこへシラキが姿を見せた。シラキは、角鹿での様子をモリへ知らせるため、タケルの指示でやって来たのだった。
「モリ様、角鹿ではヤマカの軍を迎えるため準備が進んでおりました。」
シラキはそう言うと、タケルとイザサの話の中身を伝えた。モリは、シラキの話にじっと耳を傾けていた。
「なるほど・・それは良い・・それならばきっと・・。」
モリはそう言うと、ホツマを呼び、角鹿での作戦を伝えた。
「ほう・・それは良い。その話を大丹生の郷長へ伝えましょう。きっと、上手くいくでしょう。」
ホツマは笑顔を見せ、すぐに大丹生の郷へ向かった。天増川から大丹生までは僅か一日で着ける。ホツマはすぐに、郷長に面会し、事の次第を話した。
すぐに、大丹生の郷から大勢の男達が天増川へ向かっていった。
こうしている間に、ヤマカが率いる越国の軍は、三国の港から船を連ねて、西へ向けて出航した。
多くの兵を乗せた船は、一気に若狭の海を越える事が出来ず、岸から遠くない辺りを進み、二日ほどで大比田の小さな港辺りに達していたが、春の嵐と呼べるほどに、東風が強く吹き、波も荒れ、兵を乗せた船はなかなか進まず、江良の磯に船を止めて時を過ごしていた。
越の軍船が近づいたことは、すぐに、イザサへ知らされ、角鹿では兵を迎える準備が始まった。

nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント