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2-4 足羽山の麓 [アスカケ外伝 第3部]

足羽山ヘ向けて、タケルたちは出発した。
「クジ殿、海路ではなく、山越えの道はないのですか?海路を使えば、途中、ヤマカの軍に出くわすかもしれません。万一を考え、山越えが良いのではと思うのですが・・。」
タケルが、クジに訊く。
「峠越えの道があるにはあるのですが、ほとんど獣道のようなところです。大丈夫でしょうか?」
クジはそう言うと、ちらりとミヤ姫を見た。
それを察知したミヤ姫がきりりとした表情を見せて答える。
「お気遣いなく願います。これまでにもタケル様とともに険しい道は歩いてまいりました。」
ミヤはそう言ってから、裾をたくし上げる。着物の下から見えた両足には、厚手の麻布が巻きつけてある。かつて、三河の地で覚えた服装だった。
「なるほど・・では、山中峠を越えて参りましょう。まだ、雪は残っているかもしれませんが、私の郷も近く、頼りになる者も居ります。」
クジはそう言うと、館を出て、海岸沿いをしばらく歩き、水津の浦から山に入り、大比田の集落を経て、山中峠へ向かった。
山中の道は、クジが言った通り、獣道に近く、冬の大雪による倒木もあちこちにあった。それを一つずつ越えながら進むと、夕暮れ近くにようやく、山中峠が見えた。
三人は、峠を越えたところで、洞穴を見つけ夜を明かした。
「クジ様は、足羽山の館に居られたのですね。」
洞窟の中で火を焚きながら体を休めている時、ミヤ姫が訊いた。
「はい。ヒシオ様がお生まれになり、王が、将来ヒシオ様の衛士役になる者を広く郷から募られました。その時、我が郷から、私とハス、それとキリが選ばれました。他にも十人程の子どもが集められ、ヒシオ様とともに館で育ちました。」
クジが答える。
「ヒシオ様が病というのは知っておられたのですか?」とタケルが訊く。
「はい。知っておりましたが、ヒシオ様から口外無用と言われておりました。おそらく、我らの命を救うため、その事を秘密にし、館から出そうとされたのだと思います。・・しかし、我らは、ヤマカに捕らえられ、命を奪う代わりに、淡海国への間者となるよう命じられました。・・その挙句、タケル様を・・。」
クジは、まだ、タケルを剣で傷つけた事を悔いている。
「もう済んだ事です。これから為すべきことに力を尽くしましょう。」
タケルは、そう言って、クジを労った。
翌朝には出発して、山を下り、鹿蒜川沿いを進んでいく。
夕刻に、湯尾の郷に着いた。そこには、クジとともに蒲生の郷を荒らした男の一人、ハスが居て、タケルたちを迎えた。
「ここからは、船で参りましょう。」
ハスの家で一晩を過ごした後、クジはハスの手配した船で日野川を下り、タケルたちを、足羽山の麓まで連れて行った。
郷に近付くと川の流れがゆったりとなる。目の前に小高い山並が見える。
「あれが足羽山です。北を九頭竜川、南を日野川が流れており、周囲の郷から船で産物を運ぶには絶好の場所です。これも、オホド王の偉業。この周囲は深い沼が広がっておりましたが、オホド王は川を鎮め、田畑に作り変えられたのです。越の民にとっては神のごとき存在なのです。」
クジの言葉から、王への畏怖の念が強く感じられた。
「王の館は、右手の山頂辺りにあります。今は、ヤマカの一派が牛耳っており、御后様も館を離れておられるはずです。」
船は足羽山の南側の小さな郷に着いた。桟橋には、クリが待っていた。クジとハスが船を降りると、キリが走ってきた。三人は幼い頃からともに過ごし、兄弟同然の仲に違いなかった。三人は顔を寄せて何か話している。時折、クジが難しい顔をして、また、小声で何かをキリに訊く。暫く、三人が話していると、郷から年老いた女性が出てきた。クジたちは、その女性に深々と頭を下げる。その女性は、まるで幼子にするように、三人の頭を撫でて笑顔を見せる。三人も何か嬉しそうだった。
それから、クジがタケルたちのところへやって来た。
「やはり、御后様は、南の館に居られるようです。すぐに参りましょう。」
クジに促されて、タケルとミヤ姫が船を降りる。すると、その年老いた女性がキリとハスを連れてタケルのところへ来て、傅いた。
「遠路はるばる、このようなところにお越しいただけるとは有難き事。きっとこれは、オホド王の御導きに違いありません。再び、越の国に栄華な世が訪れる事でしょう。」
「御婆様、名乗らぬまま、皇子に対面するとは・・不躾でしょう。」
と、キリが少し呆れて言った。
「これなるは、シイ。我らが幼き頃、この地で親同然に育ててくれたものです。我らは婆様と呼んでおります。」
タケルは、シイの前に跪き、皺くちゃなシイの手を取った。
「シイ様、真っすぐな良き若者を育てられました。きっと、オホド王もお喜びでしょう。長生きしてください。」
シイはタケルの言葉を聞き、驚いて目を見開き、タケルを見た。
「何ともったいない御言葉・・。」
シイはそう言うと大粒の涙を溢す。
「ヒシオ様の病は、きっと治せます。そうなれば、越の国は再び素晴らしきところとなります。」
ミヤ姫も、タケルと同じく、跪き、シイの手をとり、そう言った。

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