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2-5 后との対面 [アスカケ外伝 第3部]

「ヤマカは軍を率いてすでに三国の港を出たようです。すぐに、御后様に会いに参りましょう。」
クジはそう言って、郷の道を山に向かって進み、藪の中に入っていく。
「表には見張りの兵がいますので、裏口から入ります。少し、足元が悪いですが、御辛抱ください。」
藪の中には、ほんのわずかに道の様なものがある。おそらく、これまで、幾度かクジたちが館へ向かったのだろうと思われた。館の屋根が見えたところで、クジが身を屈める。周囲に兵の姿がないか探っている。
「今なら大丈夫でしょう。」
そこは、森に囲まれた場所で、すぐにそれをわかる所ではなかった。王族が住むような代物ではなく、むしろ、蔵のようなところだった。さっと藪を抜け、裏口の戸を開くと、小さな庭に、幼い男の子と女性が遊んでいた。郷の者とかわらぬ衣服を着ていた。
クジとキリ、ハスがその女性の前に並ぶようにして傅いた。すると、その女性は、周囲を見ながら、部屋の中へ入って行った。タケルたちも後に続く。
板張りの床の小さな部屋に入ると、周囲の戸板をすぐに締める。
「お久しぶりでございます。御后様。」
クジとキリが深々と頭を下げる。
「苦労を掛けます。・・それで、こちらは?」と后が訊く。
「ヤマトよりお越しいただいたタケル皇子とミヤ姫様です。」
クジが答えると、后の顔がパッと明るくなり、思わず涙を溢した。
「では・・ヒシオの病が治るのですね?」
后は、タケルをじっと見つめて訊く。
「ヒシオ皇子はどちらに居られますか?まずは、ご様子を伺ってからとなりましょう。」
タケルが答えると、后はさっと立ち上がり、隣りの部屋へタケルとミヤ姫を案内した。
薄暗い部屋に、横たわる皇子の姿があった。
「以前は話も出来たのですが・・近頃は、ずっと眠ったまま・・食事もできず痩せ衰えていくばかりなのです。もはや、命の灯が燃え尽きるのを待つ有り様。」
后は、横たわる皇子の手を取り、優しく撫でながら言った。末の弟ヤシオが、后の膝に取り付いている。王と呼ぶには似つかわしくないほど、幼い。
ミヤ姫が后の隣に座り、ヒシオの顔を覗き込む。ヒシオは、うっすらと目を開ける。ミヤ姫が、ヒシオの手を握ると、弱々しいながらもヒシオが握り返してきた。
「ミヤ姫、いかがですか?」とタケルが訊く。
「判りません。ですが、ヒシオ様は生きたいと願っておられます。その思いがあればきっとお元気になられます。」
「では・・」とタケルが言うと、ミヤ姫は懐から鏡を取り出した。
「タケル様も御力をお貸しください。」
ミヤ姫はそう言うと、ヒシオを手を握りしめたまま、目を閉じ祈る。手にした鏡がぼんやりと光を発し始める。タケルも、越につけた剣を外し、膝の上に乗せると、剣の柄を握り締めて祈った。剣からも光が漏れ始める。二つの光が徐々に大きくなり、部屋の中を満たしていく。隣室にいたクジとハスが、隙間から漏れ出している光を見て驚く。そして、二人も立ち上がり、襖を少し開く。部屋の中は眩い光に満ちている。
外にいた見張りの兵が、小屋の異変に気付き、騒ぎ始める。
「何者だ!」
兵たちが集まり、光が漏れている小屋を取り巻いた。
「ハス、やつらを食い止めねばならぬ。」
クジはそう言うと、外に飛び出し、越にしていた剣を抜く。ハスも続く。
「お前は、クジ!いつ戻ってきた!ここで何をしている!」
兵の一人が怒鳴るように言った。
「ここより先には行かせぬ!」
クジとハスは、兵を睨み付け剣を構える。じりじりと、兵たちがクジたちに迫る。
ふっと光が消えた。クジたちも兵たちもそれに気づき、動きを止める。
バンと小屋の戸板が開くと、タケルが剣を構えて出てきた。
「私はヤマトの皇子タケル。この国の疚しき事態を聞き、まかり越した。命が惜しくば、剣を捨てよ!」
クジとハスも、タケルの隣に並ぶ。タケルの剣はまだ光を帯びている。
「ヤマトの皇子だと?」
兵を押しのけて、ひときわ大きなガタイの男が出てきた。
「俺は、ヤマカ様から留守居役を仰せつかった、トラジだ。刃向かう者は殺してよいと言われておる。ヤマトの皇子だろうが、我らに刃向かう者には容赦せぬぞ。」
トラジは、タケルの剣よりも一回り大きな剣を、肩に担ぐようにしてタケルに対峙した。
「トラジは、ヤマカとともに出雲から遣わされた者。これまでにも多くの民を殺めております。お気を付けください。」
クジが肩越しに囁く。
「民の命を何だと思っているのだ!」
タケルが、強い口調でトラジに迫る。
「知ったことか!」
トラジはそう嘯くと、肩に担いだ剣を大きく振り降ろした。
タケルはさっと身を翻し剣を交わした。トラジの剣は地面を叩き、ドーンと音を立て、その衝撃で、周囲にいた兵が吹き飛ばされた。
「ふん。」
トラジは、再び剣を担ぎ上げ、タケルとの間を詰めて来る。タケルの背後に館の壁が迫る。

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