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2-8 角鹿の騒動 [アスカケ外伝 第3部]

ヤマカの軍船がついに角鹿・気比の港に現れた。見上げるような大きな軍船が五隻、桟橋に横付けされる。
「イザサは居らぬか!」
船から降りて来たヤマカが大声を上げる。静まり返っている港に、空しく声だけが響く。
「どうしたのだ!誰か、おらぬか!」
再び、ヤマカが叫ぶ。すぐに側近の男達が、港の中を探し回る。
「ヤマカ様、港に人ひとり居らぬとは解せぬ事。一体、何が起きているのでしょうか?」
甲冑を身につけた側近の一人が慌てた様子でヤマカに告げる。
「館へ遣いを。イザサをここへ呼んで参れ!」
ヤマカは相当苛立っている。すぐに、兵の一人が使者となり、イザサの館へ向かった。暫くして、イザサが一人で現れた。
「これは、これは・・ヤマカ様、よくおいでくださいました。」
何食わぬ顔でイザサが対応する。
「フン・・どこへ行っておったのだ。伯耆の反逆人討伐の命は届いておるであろう。これは何の真似じゃ!」
ヤマカは怒りをあらわにしてイザサに言う。
「おや・・では、我らの遣いはまだヤマカ様のもとへは着いておりませんでしたか?・・実は十日ほど前、淡海の兵が国境を越えてきたと聞きつけ、すぐに調べましたところ、愛発の郷に陣取って、こちらを伺っておるのです。我らには兵と呼べるほどの男達は居りませぬ故、ヤマカ様へ援軍をお願いした次第です。・・いや・・遣いがまだ着かずとも、援軍にお越し下さったとは有難き事。さあ、我らとともに、淡海の兵を蹴散らして下さりませ。」
「何?淡海の兵だと?・・聞いておらぬな。・・淡海など、さほど大きな国ではない。兵など大したことなかろう。」
ヤマカが言う。
「いえ、それが・・どうも、ヤマト国が手引きしているとも聞きました。ヤマトの皇子タケルなる者が怪しげな妖術を使い、東国の多くを支配下に置いたとも・・・このままでは、この角鹿もヤマトに支配されてしまいます。そうなれば、越国さえ危うい。どうか、ヤマカ様の御力でこの地をお守りください。」
「ふうむ・・確かに、この地が淡海、ヤマトの手に落ちれば越の国も危ういのう。だが・・本当に、攻め入ってくるのか?」
ヤマカは存外、疑り深い性格のようだった。
「愛発の郷の様子をご覧いただけば判るかと・・・。」
イザサが言うと、ヤマカは、側近を呼び、数名の兵を連れて愛発へ向かうよう命令した。
すぐに、側近と兵数名が愛発へ向かった。
「次第が判るまではこちらで逗留されますか?」
イザサが訊く。
「そうするしかなかろう。」
「ですが、実のところ、兵が攻め入るかも知れぬと思い、民は皆、他の地へ移しております。充分なもてなしはできませぬが、我が館でしばしお休みいただけますか。」
イザサはそう言うと、ヤマカはじろりとイザサを睨む。
「いや、そなたの館へ行けば、寝首を掻かれぬやもしれぬからな。儂は船へ戻る。」
ヤマカはそう言うと、さっさと自分の船に戻って行った。
愛発へ向かった側近と兵は、その有り様を見て驚いた。谷あいには大きな柵が設えられ、多くの兵が待ち構えている。その数は、計り知れない。戦構えだけを見れば、いくら兵があっても敵わぬのは明らかだった。
実のところ、兵の大半は、角鹿の男達であり、淡海国の男たちとともに甲冑を身につけ、淡海国の兵に化けていたのだった。
側近と兵は慌てて船に戻り、愛発の様子をヤマカに話す。
「解せぬな・・。」
ヤマカが言う。
「それ程の兵が居るのであれば、一気に攻め入れば良いものを・・何故、強固な柵を設える必要があろう。」
「しかし、あれが一気に攻め入れば、角鹿はあっという間に淡海に占領されてしまいます。そうなれば、越の国も危うい。何としても、ここで食い止めねばなりません。」
側近は、悲鳴のように訴える。
「ここで食い止めるだと?・・何の意味がある。ここで越の国のために働けば、民は儂を王と認めてくれるのか?」
ヤマカの問いに、側近はすぐに答えられなかった。
「其方も同じであろう。越の国は、王族の血筋が大事。どれほど力を持とうとも、民は儂を王とは認めぬ。そのような国の民のために、儂が働く意味があるのか?」
「しかし・・ヤマカ様は、越の国の大将、軍を率いておられます。戦のために、出雲から遣わされたはず・・。」
側近が言い返す。
「ふん。出雲から遣わされただと?・・それは口実。伯耆の国の不始末を挽回せよと、はるばる、越まで来させられただけの事。多くの兵を率いて、伯耆の国へ行き、かの地を取り戻す事こと、儂の本懐。越の国がどうなろうと知ったことではないわ!」
ヤマカはついに、本当の思惑を口にした。
「何という事!」
側近はその言葉に怒り、剣を抜く。
「儂に逆らうとは・・。」
ヤマカはそう言うと同時に、剣を抜き、側近の首を刎ねた。

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