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2-9 ヒシオ王 角鹿へ [アスカケ外伝 第3部]

翌朝、イザサが船に行ってみると、ヤマカが、兵に命じて、港の蔵から兵糧を運び出していた。傍らに、筵をかけた亡骸が一つ。
イザサが目線をやるのに気付いたヤマカが吐き捨てるように言う。
「そやつは、昨夜、儂に剣を抜いたのだ。そなたの手の者ではないようだが、将に逆らうなど赦すまじき事。首を刎ねてやった。」
イザサは、言葉がなかった。
「ヤマカ様、これからどうされるおつもりですか?淡海の兵を蹴散らしてはいただけぬのですか?」
イザサが問う。
「今回の事は、そなたの落ち度。近隣の国の動きを察知しておれば、攻め込まれる事もなかったはず。不始末は自らの手で取り返すのが、長の務め。」
「我らのところにはわずかな兵しかおりません。このままでは角鹿は淡海の手に落ちます。それでは・・越の国は危うくなります。どうか、兵を率いて、かの者達を蹴散らしてください。」
イザサは芝居がかった言い方をして、ヤマカに迫る。
「ほう・・そなたも儂に逆らうつもりか・・。王族に名を連ねる者ゆえに、これまでの不始末を容赦してきたが、それ以上言うなら、其方の命も奪うことになるが・・どうか?」
ヤマカはそう言いながら、筵をかけた亡骸をわざと蹴飛ばして見せた。
「判りました。ですが、せめて兵を少しここへ残していただけませんか。」
「負け戦と判って、兵を置いて行けと言うか!」
イザサの提案に少しヤマカも考えた。淡海国の兵があっさりこの地を奪うことになれば、勢いづいて、越を支配下に置くだろう。隣国若狭もそれに乗じて反乱を起こすかもしれない。伯耆の国へ着く前に、各地が越国へ反旗を翻すことになれば、伯耆の国を我が物としても、越の国には及ばない。ヤマカの頭の中で、損得勘定が巡る。
「良かろう。どうせ、足羽から連れてきた兵のうち、使えぬような者もおる。数だけでも淡海国の兵を凌げれば、勝機もあろう。」
ヤマカはそう言うと、船に上がり、側近に何かを告げた。
暫くすると、幾つかの軍船から、兵が降りて来る。ヤマカが言った通り、年老いた者や子どものような者達が船から降ろされた。
「良いか!イザサ!命を賭けて、角鹿を守るのだ。」
ヤマカは、そう言い放ち、角鹿の港を出て行った。
船が遠ざかるのを見ると、すぐにイザサは愛発へ遣いを送った。
ヤマカの軍船が沖遠く、波に紛れて見えなくなるころに、北の金ケ崎の方から、ヒシオ王の軍船が角鹿に入ってきた。
「これは・・何という奇跡・・。」
港で迎えたイザサと妻は、涙を流して喜んだ。
「イザサ殿のおかげです。タケル皇子が足羽山へお越しいただけるとは思ってもいなかった事。わが命はもはや尽きるものと諦めておりました。」
ヒシオ王も、イザサやその妻と抱き合い、再会を喜んでいる。
「ところで・・ヤマカは?」
ヒシオ王がイザサに訊く。
「入れ違いで、若狭へ向かいました。」
イザサはそう答えると、角鹿での事を、ヒシオ王やタケルたちに話した。
「若狭へ急がねば・・・。」
ヒシオ王が言う。
「これからが大事です。倒すべきはヤマカ一人。大きな戦にならぬように事を運ばねばなりません。」
タケルが、ヒシオ王やイザサに言う。二人とも強く頷いた。
そうしているうちに、愛発に居た淡海の男達が角鹿に到着した。港には角鹿と淡海、難波津などの男達が集まり、騒然としてきた。タケルは、何かの弾みで男たちが、いきりたち、ヤマカ討伐の声が高まって、統制できなくなるかもしれぬと感じた。
タケルは、港の蔵の屋根に上り、皆に呼びかけた。
「皆さま、お聞きください!」
その声に、男たちは一斉に屋根の上を見上げた。
「私はヤマトの皇子タケル。縁あって、淡海や越の皆さまと共にここに居ります。越の国は、ヒシオ様が王となり、正しき国を作られるはずです。これからは、越の国、淡海の国、そして難波津、大和の都は手を繋ぎ、安寧な国作りに励みましょう。」
タケルの呼びかけに、男たちは少し静かになった。
しかし、徐々にざわつき始める。皆、すぐにもヤマカ追討に向かいたいと思っているのは明らかだった。
続いて、ヒシオ王がタケルの隣に立った。
「私は、越の国王ヒシオである。」
角鹿の男達は、死んだと思っていたヒシオが立派な姿でタケルの隣に立っているのを見て喜んだ。
「越の国を蝕んだ、ヤマカは反逆人。息の根を止めねばなりません。だが、付き従っている者は、越の国の民。同じ、越の国の民同士が戦うなどあってはならぬ事。戦をせず、ヤマカを討ち果たす事を考えねばなりません。」
国王の呼びかけには、さすがに男たちは静まる。
そして、追討軍の将となったクジが王の隣に立ち呼びかける。
「これより、追討軍は海路でヤマカを追います。皆様は、陸路で大丹生へ向かい、大丹生の軍と合流し、港の守りを固めてください。」
それを聞いて、イカルノミコトが声を上げる。
「了解した!」

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