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2-10 大丹生の郷へ [アスカケ外伝 第3部]

「イザサ様、馬はありませんか?」
出航の準備を始めたところで、タケルがイザサに訊く。
「荷を運ぶための馬なら居りますが・・いかがされるおつもりですか?」
「兵たちが陸路で向かうとして、ヤマカの船より早く大丹生へ着けるとは思えません。先んじて、大丹生へ知らせたいのです。」
「それなら使いを出しましょう。」
「いや・・大丹生の郷長が、こちらの話を容易く信じてくれるとは限りません。私自身、大丹生の郷長と話をしておきたいのです。」
イザサは、タケルの申し出を聞き、館の裏にある馬屋へ連れて行った。
「荷を運ぶ馬ゆえ、早く走れぬと思いますが・・・。」
タケルはミヤ姫とともに馬屋で、馬を選ぶ。見るからに荷を運ぶには充分な体の大きな馬ばかりだった。奥にひと際小さく見える馬が居た。
「この馬は?」とミヤ姫がイザサに訊く。
「山中で捕まえた馬です。体が小さく使い物にならず困っております。」
イザサは答えると、ミヤ姫がそっと近づく。
「お気を付けください。その馬は、警戒心が強く・・。」
イザサがそう言うと同時に、馬が前足を上げて威嚇する。ミヤ姫は、じっと馬を見つめる。鏡が小さく光を放つとすぐに馬は大人しくなった。近づいてみると、背中に鞍を乗せていた跡がついている。
「タケル様、これは?」
ミヤ姫に言われ、タケルが近づき、馬を見る。
「イザサ様、この馬は山中で捕らえたと言われましたが・・どの辺りで?」
「確か、木の芽峠の先だったかと・・荷を運ぶ途中で、森の中に弱っておったので、連れ帰ったのです。」
「鞍はついていませんでしたか?」
「いや・・裸馬だったと・・」
「この馬は、恐らく美濃国の馬でしょう。かの地では、郷から郷へ向かうにも、馬を使っております。この馬の背にある跡は確かに鞍が乗せられていたはず。郷から逃げ出したか、途中で御主を失ったか・・これをお借りしてよいでしょうか?」
タケルの申し出にイザサはすんなり承諾した。
「ヒシオ様、我らは、先に大丹生へ向かいます。この次第を一刻も早く伝えなければなりません。陸路から向かう兵は、イカルノミコト様にお任せいたします。宜しいでしょうか?」
ヒシオ王も承諾した。
タケルは、その馬を引き出し、筵を鞍の代わりにし、ミヤ姫を後ろに乗せ、出発した。
「大丹生までは、一本道の街道が通じております。」
イザサがそう言ってタケルたちを見送った。直ぐ後には、イカルノミコトが軍を率いて出発した。
同じころ、ヒシオ王の軍船も出発した。
「ヤマカが大丹生へ着く前に決着を着けねば、大きな戦になるぞ。」
ヒシオ王はクジにそう言って、船を進める。
ヤマカの軍船が出港してから一日経っている。
そのころ、ヤマカは、三方の地で、僅かな人しか住んでいない郷を次々を襲い、略奪を繰り返し、さらに先に進んでいた。
その様子に嫌気がさしていた兵たちが、郷に着く度に少しずつ逃げ出してしまい、途中で軍船を動かすことができなくなり、小浜・大丹生に着く前に、軍船の数が二隻になってしまっていた。
タケルとミヤ姫は、街道を馬でひたすら走った。関の峠、坂尻、椿峠、佐柿、弥美、気山津、十村、倉見峠を経て、終に、若狭の国、上中の郷まで着いた。ここで、タケルたちは、一群の兵達が大丹生方面へ向かっているのと、出くわした。
「タケル様!」
上川沿いに砦から大丹生へ向かう兵たちの中から声がする。軍を率いるモリだった。
「これより、大丹生の郷へ向かいます。・・ホツマ様が郷長と話をされ、此度の策について賛同いただけたのです。」
タケルたちはモリの軍と合流し、大丹生の郷長の館へ向かう。
大丹生の郷長の館は、北川が支流の大丹生川と合流する地点からやや山際に入った辺りにあった。北西に小高い山を抱え、南東側には穏やかな川の流れがあり、館の周囲には、幾つもの家が建ち並んでいた。兵たちは、川辺りに留まり休息した。
タケルとミヤ、そしてモリが館を訪ねると、すぐに、ホツマが出てきた。
「これは・・何という事じゃ。・・タケル様とミヤ姫様ではありませんか。・・ここまでどのようにお越しになられたのですか。」
驚いてホツマが迎え、すぐに館に入った。
館には、郷長をはじめ、周囲の郷長も集まっていた。皆、大和の皇子タケルとミヤ姫が来たことに驚き、床に顔をつけ丁重に迎える。
タケルは皆を前に、越の国で起きている事をつぶさに話した。
「では、もうすぐそこまでヤマカは参っているということですか?」
そう聞いたのは、大丹生の郷長で、今は若狭の国を纏めているホデミという人物だった。
「おそらく、今日明日にもヤマカの軍船が入ってくるでしょう。」
タケルが答えると、ホデミの顔が曇る。そして、周囲の郷長達も不安げな顔をしている。
「戦にはしません。ただ、ヤマカが港に船を着けられぬようにしていただきたいのです。」
不安げなホデミや郷長たちを前にタケルが提案する。

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