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3-3 飯山砦の男達 [アスカケ外伝 第3部]

少し時は遡る。
タケルたちが、ようやく、因幡の国に到達した頃、トキヒコノミコト達の軍は飯山砦にいた。
飯山砦は、伯耆の国の最西端であり、出雲との国境である。ここに兵を置くことで、容易に攻め込まれぬようにしていたのだった。
トキヒコノミコトは、伯耆の国を荒らし、因幡に侵攻した大蛇一族の将を矢で射抜き、一気に形勢を逆転させ、郷を回り、民に弓を教え、兵を増やし、短期間に伯耆の国を大蛇一族の支配から解放していた。
だが、それは、トキヒコノミコト、一人の力ではなかった。伯耆の国へ入った時に知り合った、兄弟の力がなければ、これほど早く事は運ばなかったと、トキヒコノミコトも感じていた。
兄弟は、妻木の郷の生まれで、もともとは漁師であった。兄はワカヒコ、弟はクニヒコ。トキヒコノミコトが、因幡で大蛇の将を射抜いた時、伯耆から連れて来られた兵の中に居た。
兄弟とも、トキヒコノミコトに弓の手ほどきを受け、めきめきと上達してトキヒコノミコトとともに、大蛇一族成敗のため、伯耆の兵を纏める役を担っていた。
「大蛇たちはまだ動かぬようですね。」
砦の館、広間の上座に、トキヒコノミコトが座っている。
「見張からはまだ報告はありません。」
そう答えたのは、ワカヒコだった。
トキヒコノミコトたちが飯山砦に入ったのは、まだ、雪がちらつく頃だったから、すでに三か月ほど過ぎていた。
「大神山の砦はどうなっていますか?」
とトキヒコノミコトが尋ねる。
「もう準備は終わりました。今年は雪が少なく助かりました。郷の者達もしっかり働いてくれたので、いつでも使えます。周囲の郷の者も、奥の郷へ移りました。田の仕事も始まっております。」
そう答えたのは、クニヒコだった。
「守りの支度はできましたが、それでは、大蛇一族を倒す事はできません。こちらから打って出るのは如何でしょう。」
ワカヒコが言う。
「いや、こちらから出雲へ出れば、我らが出雲を侵す者となります。」
トキヒコノミコトが答える。
「それではいつまでこうして居られるつもりですか。大蛇こそ元凶。あいつらを倒せば、再び、出雲は善き国になるはず。そのために我らも備えて来たのではありませんか。ヤガミ姫のためにも、一日も早く、美しき出雲を取り戻さねばならぬはずです。」
ワカヒコの勢いは止まらない。
「しかし・・」とトキヒコノミコトが言葉に詰まる。
トキヒコノミコトの隣には、若い娘が座っている。
ワカヒコの口から出た「ヤガミ姫」だった。
「トキヒコ様、お忘れですか?ヤガミ姫様が受けた酷い仕打ちを。我らがあの場に居合わせなければ、ヤガミ姫様は、御命をとうに失っておられたはず。」
ワカヒコが少し強い口調で言う。
ヤガミ姫は、トキヒコノミコトの隣で三人の会話をじっと聞いていた。

ヤガミ姫は、まだ幼さを残した顔立ちをしていて、歳は十五。出雲国の国王の末娘であった。
ヤガミ姫が生まれた頃、出雲は豊かな国だった。八百万の神を祀り、神々の御力で守られ、争いもなく穏やかな国であった。
大陸から製鉄の技術を持った者が渡来し、重用され始めた頃だった。
北海の諸国は、産物を出雲へ運び、引き換えに鉄の道具を手に入れた。越の国からも多くの産物が運ばれ、北海の水運も盛んになり、若狭や丹波、但馬も潤った。
その頃は、出雲の都はまだ、能代の海の南、意宇之荘山代の郷辺りにあり、王の宮殿は小高い丘の上にあった。そこは、能代の海と中海を繋ぐ水路を行き来する船で賑わう様子を見下ろせる場所であった。
そんな頃、大蛇一族が、渡来人に交じって、大陸から入り込んできた。韓で起きた戦で追放された一族であり、武力を隠し、国王に近付き、いつしか国王に重用されるようになっていた。
大蛇一族は、国王に、大陸からの侵略を許さぬ強き国作りを進め、そのための巨大な神殿作りを決心させた。
そして、その神殿は、出雲の都からはるか西の地、杵築山の麓、稲佐の浜を見下ろす地へ作ることとなった。
出雲国に従う北海沿いの諸国は、八百万の神々のためと考え、巨大な神殿作りに人も財も差し出した。だが、それは諸国にとって大きな負担となり、安寧な国だったはずの出雲国にも亀裂が入り始めた。
出雲国の神殿作りに苦しむ伯耆の国の民は、次第に離反するようになる。そこを大蛇一族は武力をもって民を押さえつけた。
すでに出雲国は大蛇一族が支配していると言っておかしくない状態になっていて、国王はもはや飾りであった。
そして、ヤガミ姫が十三になった時、大蛇一族の将ヒョンシクがヤガミ姫を見初め、力ずくで、妻にしようとした。
予てから、大蛇一族を嫌っていたヤガミ姫は拒絶し、僅かな臣下とともに宮殿を抜け出し、船で伯耆の国へ逃れようとした。
時はちょうど、トキヒコノミコトが伯耆の国から大蛇一族を排除し、伯耆の国の守りを固めるために、中海へ兵を率いてきたころだった。
ヤガミ姫を追ってきた大蛇軍は、中海に浮かぶ青島近くでヤガミ姫一行に追いついた。数ではどうにもならない状態だった。
徐々に近づく軍船を見て、ヤガミ姫は、海へ身を投げた。供をしてきた者も、皆、ともに海へ身を投げてしまった。
ヤガミ姫を追ってきた大蛇の軍船は、周囲を一回りしたが、姫の姿を見つける事は出来ず、引き上げて行った。
そこへ、トキヒコノミコトの軍船が現れ、海中に白い布が浮かんでいるを見つけた。トキヒコノミコトは自ら海へ飛び込んで、水中に沈んでいくヤガミ姫を何とか救い出したのであった。

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