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3-4 隠し砦 [アスカケ外伝 第3部]

命を取り留めたヤガミ姫だったが、余りの恐怖に、心に深い傷を負ってしまい、言葉を発することができなくなってしまったのだった。まるで赤子のように、暗闇に怯え、一人になると声を上げて泣き、トキヒコノミコトの傍を離れなくなっていた。出雲へ戻る事が出来れば、あるいは、元に戻れるのではないか、皆それを期待していた。そのためにも、大蛇一族を一日も早く殲滅し、出雲をもとの姿に戻さなければならない。
そんな時、驚くべき知らせが入ってきた。
「越国からの報せで、越の将、ヤマカが大丹生の地で、ヤマトの皇子タケル様に討たれたとの事です。」
ワカヒコが広間に居たトキヒコノミコトに伝えた。
「なんとしたことか。ついに・・。」
タケルが近くまで来ている。トキヒコノミコトは、天に祈った。
ヤマト国からの密偵であることを隠すため、名を変え、諸国へ入り、どれほどの年月が経ったことか。皇アスカと摂政カケルが常々求めておられる、民の安寧のために、自分の為せる事に精進してきた。だが、大蛇一族の魔の手から、身を守ることで精一杯で、今、限界を感じていた。そんな時、タケルが近くまで来ている。これほど勇気づけられることがあろうか。
「ヤマトの皇子タケル様とはどのような御方なのでしょう?」
クニヒコが呟く。
「あの大国、ヤマトの次なる皇、きっと強大な軍を率いておられるに違いない。我らに御味方いただけるならば、憎き大蛇一族など蹴散らせるのではなかろうか。」
ワカヒコが、勢いづいて言った。
「だが、兄者、大丹生の郷からの報せでは、淡海の兵と大丹生の兵くらいだとも聞きました。ヤマトの大軍が本当にいるのでしょうか?」
クニヒコが首をかしげて言う。
二人の会話を聞き、トキヒコノミコトはついに、二人に話す時が来たと決心した。
「実は、私もヤマトから来たのです。出雲国の不穏な動きを知り、詳細を掴むために参りました。」
ワカヒコもクニヒコも驚かなかった。
伯耆の国で出会った時から、トキヒコノミコトが、他国から来たことは判っていたし、様々な知恵と知識を使って皆を助けている姿を目にして、おそらくヤマトの都から来たのだろうと考えていたからだった。
「タケル皇子とは、都で幼き頃からともに育ち、切磋琢磨してきた間柄。おそらく、私が行方知れずとなった事で都から探しに参られたのでしょう。」
ヤマトの皇子その行方を捜しに来たのだと聞き、ワカヒコもクニヒコもこれには驚いた。それほどにヤマトでは重用された立派な人物に違いない。
「それなら、ヤマト国が我らの後ろ盾になってくれるのは確実でしょう。勇気が湧きました。皆も、きっと奮い立つに違いありません。なあ、クニヒコ。お前もそう思うだろう?」
「ああ、兄者。きっと我らが勝つ。そして大蛇一族を、この倭国から追い出してくれよう。」
ワカヒコの言葉にクニヒコが笑顔で答える。
「あと少し、あと少しで、必ず・・。」とトキヒコノミコトは心の中で呟き、終に、決断した。
「隠し砦へ向かう。そこで、大蛇の軍を迎え撃つ。」
号令を発し、トキヒコノミコトたちの軍は、郷の者たちとともに、大神山の麓にある隠し砦へ向かった。
「クニヒコ、お前はここに残ってくれ。そして、大蛇の軍が中海に姿を現したら、ここに火を放ち、隠し砦へ来るのだ。」
ワカヒコが言うと、クニヒコは答えた。
「判りました。兄者も、トキヒコノミコト様とヤガミ姫様をしっかりお守り下さい。すぐに参ります。」
飯山から東へ、日野川を越えると大神山の麓の森は、すぐそこにある。
この辺りは、幾度となく川が氾濫し、幾筋もの流れと湿地、葦原が広がっていて、川近くにまで森が広がっていた。
トキヒコノミコトは、日野川の葦原から、さらに一段上を流れる佐陀川の北の森の中に、砦を作っていた。真西には、飯山砦が見える。
大蛇の軍が迫ってくればすぐに発見できる場所であった。砦は、森の巨木をうまく使い、柵を何重にも巡らせ、さらにその周囲にも小さな砦を設えており、更に佐陀川が天然の堀となっていて、極めて強固な造りだった。
そして、その砦からさらに山に入ったところに、民が隠れるための郷も開き、周囲の郷の民もここへ移っていた。さらに、佐陀川の上流、大神山の中腹にも砦を作り、戦に備えていた。
「トキヒコノミコト様、どうやら、大蛇一族が飯山に着いたようです。」
そう知らせてきたのは、ワカヒコだった。
ワカヒコは、砦の最も川沿いの小さな館を守っている。
そこには、クスノキの巨木があり、それに登れば遠くまで見通せる。飯山砦辺りから煙が立ち上っている。クニヒコが大蛇の軍が来たことを知らせるために火をつけたに違いない。
「では、大蛇の軍は、すぐにも、来るでしょう。守りを固めてください。」
トキヒコノミコトは、ワカヒコに厳しい表情を浮かべて言った。
「承知しました。」
ワカヒコはそう答えると、自らの館へ戻って行った。
砦の中がにわかに慌ただしくなった。砦に張り巡らした柵を見て回り、弓矢や剣を点検し、皆、甲冑を身につける。森に立つクスノキの巨木の上に、多くの者が登って周囲に目を光らせる。
トキヒコノミコトは、じっと思案した。
タケルたちの援軍はいつ頃来るだろうか。それまで何とか持ちこたえなくてはならない。だが、兵の数は僅か。できれば、戦をせずに済ませたい。祈るような思いで空を見上げた。

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