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3-5 大蛇の将 ヒョンシク [アスカケ外伝 第3部]

トキヒコノミコトたちが、隠し砦へ移ったあと、暫くして、大蛇一族の軍船が中海に入り、飯山砦の下へ着いた。
大蛇一族には、兄弟、従兄弟などで、八人の将がいた。
この軍を率いているのは、ヒョンシクと言い、一族の中でも血気盛んで戦好きだった。ヤガミ姫を見初めて、自分のものにしようと画策したのは、このヒョンシクだった。
大丹生の郷で討たれたヤマカは、すぐ下の弟であったこともあり、ヤマカが討たれた事を知ると、すぐに軍を率いて、伯耆に来たのだった。
「ヒョンシク様、敵の姿がありません。」
港に着いた軍船に居た将軍ヒョンシクに部下が報告する。
「我らを恐れ、逃げ出したか!何処に逃げたか探せ!」
ヒョンシクは、兵たちに命じて、トキヒコノミコトの行方を探させた。それから、ヒョンシクは船を降り、砦へ登った。
「砦を焼き払うとはどういうことだ?我らに怖気づいて逃げ出したのか?それほど多くの兵は居らぬという事か?」
ヒョンシクは砦の様子を見ながら首をひねる。
大きな砦ではないが、小高い山、周囲は海。戦をするとしても、攻め手がない要塞である。ここで戦をしたほうが有利なはず。敢えてそこを捨てるというのは理解できなかった。
焼け落ちた小屋の様子を見て回るうちに、館は無事なのを見て更に不思議に思った。そして、館の中に入り、隅々まで見て回った。そして、奥の部屋に、白い衣服が残されているのを見つける。
「これは・・。」
ヒョンシクは、その衣服を拾い上げ驚いた。
それは、出雲から逃げ出したヤガミ姫の着衣に間違いない。それから、ヒョンシクは、その部屋を隈なく調べた。しかし、着衣以外、それと判るものは残っていなかった。
何故ここにヤガミ姫の着衣があるのか。船から身を投げ落命したと思っていた。だが、ここに着衣があるという事は、ここにいた紛れもない証拠である。もしや、ヤガミ姫は生きているのか。伯耆の軍とともにいるという事なのか。生きているのならば、何としても我が物にしたい、という思いが再び湧き上がってくる。
館を出たヒョンシクのもとへ、兵の一人がやってきて報告する。
「大神山の麓に隠れているようです。」
「確かか?」
「はい。郷の者に紛れていた間者が戻りました。間違いありません。」
「どれほどの兵か?」
「そこまでは判りませんが、大勢の民も共に居るようです。麓に砦を設えておるとの事。」
そこにヤガミ姫はいるのかという言葉が、喉元まで出ていたが、ヒョンシクは留まった。
「よし、大神山へ向かう!」
大蛇の軍は、すぐに、大神山に進軍を始めたが、日野川に阻まれ、大神山に辿り着くことは難しく、やむなく、大神山の砦の対岸にある日焼山に、陣を構えることにした。
日焼山は小高い丘のようなところである。以前は、大きな集落があったが、川の流れが変わり、丘の下に広がる湿地の乾燥が進み、人々は川近くに移り住み田畑を作った。だが、日野川の氾濫でその集落も長くは続かず、その後、この丘は墳墓の丘となっていた。
大蛇軍は、そこにあった墳墓をことごとく打ち壊し、木々を切り倒し、平場にし、陣を敷いた。
そこから、大神山の砦の間には、湿地と葦原が広がっている。
「あの森の中か。」
日焼山の陣から、川向こうの森を睨み付けてヒョンシクが言う。
大神山砦を攻めるには、目の前の日野川を渡らなければならない。だが、大軍が葦原と湿地を進み、川を越える事は、容易ではない。伯耆の国でトキヒコノミコトの軍と闘った時、同じような場所で弓矢の攻撃を受け、大敗した苦い記憶がある。目の前の葦原、湿地を抜けた時、森の中から矢羽根が飛んでくる事は想像に容易い。いくら兵の数で優っていても、見えぬ敵とは戦えない。これが、飯山砦を捨て大神山に逃げ込んだ理由かと考えた。
「あの森を全て焼き払うというのはどうだ。」
ヒョンシクの傍で、同じように大神山砦を眺め乍ら言う男が居た。
ヒョンシクの従兄弟、ヒョンデであった。ヒョンシク同様、戦好きには違いないが、ずる賢く、身勝手なところが多く、一族の中でも余り好かれていない。伯耆の国の戦でも、身勝手なヒョンデの軍のために、迂闊に動き大敗に繋がったことは幾度もあった。将にはふさわしくない人物だった。今回、ヒョンシクが兵を率いて出て行くのを見て、面白そうだと言って、ついてきた。
「秋や冬なら、その手も使えるだろうが、今は若葉の時期。森を焼くのは容易い事ではない。森に辿り着くまでにやられてしまうに違いない。」
「ふん、そうか。ならば、援軍でも頼むか?」
「援軍は既に頼んであるが、何もせず待っているのも口惜しい。」
「なら、山を回り込んで背後から攻めるというのはどうだ?俺に少し兵をくれれば、すぐにも行くぞ!」
周囲を見ると、確かにヒョンデの言う通り、山続きに回り込むことは可能だった。敵を前後に挟み込めば、勝機はある。
「よし、判った。十人程、兵をくれてやる。山手から回り込み、敵の様子を探ってくるのだ。決して、戦を仕掛けるのではないぞ。」
「まあ、いいさ。」
ヒョンデは、そう言うと、立ち上がり、兵を十人ほど引き連れて陣を出て行った。

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